2005年9月19日月曜日

陳式心意混元太極拳に対する批判、疑問に答えて

  1. 混元太極拳は球や円の動きと言いながら手をぷらぷら円に動かしているだけじゃないのか?
     これは混元太極拳を行っている人を見れば半分くらいは当たっている批判です。しかし混元太極拳を行うにはまずは丹田に混元気を持つ事が必要で、それを短期間に養成する為に混元内功があるわけです。混元気があれば手の回転運動と混元気が同調して動くようすが実感として感じられるようになるでしょう。そうなれば手がぷらぷらと又はぴらぴらと動くのではなく勁が働いた動きとなり、外から見てもそれと分かると思います。このような状態であれば手(及び他の部位)の回転運動が混元気の回転を促し、又混元気の回転が手の回転を促し、球の遠心力と求心力が混元気を中心に働いていくのです。これは練る事により実感する事が大事です。練らずに外見だけみて判断するのは早計というものでしょう。
  2. 混元太極拳は実戦的ではないのでは?
     この問いを発する人は日本の武術練習によくある典型的なパターン学習に慣れた人です。即ちこの人達はこう言っているのです。混元太極拳は各招式の間に回転の動きや開合の動きがあり、色々な技がシンプルな形で存在しない為実戦では使えないのではという疑問です。この考えの背景には「色々な技に習熟し、対錬でのパターンを刻みこむ事によって技は使え実戦で役に立つ」という考えが前提にあります。これは柔道、空手共に色々な技を習熟するまで繰り返し、それらが相手との相対練習でパターン化させて使えて初めて実戦で使えるとの現実からくるものです。このパターン学習は色々な分野に及んでおり、日本人には学習する事イコールパターン学習という具合になってきています。
 然しながら太極拳においてはパターン学習より「陰陽」の方がはるかに重要です。この「陰陽」ですがこれは抽象的な概念ではなく実戦での相手の陰陽及び陰陽が分かれる刹那、これを太極と言いますがこの太極をつかむ事で後の先を取るわけです。これは推手で学ぶことも大きいのですが、套路の中でも陰陽を学んでいきます。陽の動きを無力化しつつ陰の部分を攻撃していきます。従い、防いで攻撃という2stepではなく1stepで行うよう訓練していくのです。この陰陽を感じる事が非常に大事な事となっています。

 もう一つは套路を空手等の型と考え、型は「技」を流れの中で練習するものでそれ以上のものでは無いと考えている事からくる批判です。然しながら套路は所謂上記の型ではありません。従い、「技」以外に上記のように「陰陽」を学びますが、もう一つは築気による「功夫」の養成です。「功夫」はある意味で技よりも重要ですが套路の中に回転の動き「混元の動き」や「開合」を加えているのはその功夫を短期に獲得する事にも大きく寄与しているようです。

 第3の役割は「意念」を鍛える事が套路の重要な役割となっています。「意念」を鍛える事により反応の速度が増すわけです。身体は放松ですが、意念がビシーと働いた状態で套路を練っていきます。その中で意念を鍛えていくのです。健康太極拳でよくあるのが意念が働かず散漫になり気持ちよさそうに套路を練っている人をよく見かけます。混元太極拳でもそう言った人が多いので人の事は言えませんが。ここは重要なポイントです。

 混元太極拳を批判する人は技に注目して発言されている人が多いように見受けられますが、上記より私の学んだ太極拳の実戦性は「技」以外に「功夫」「意念」「陰陽」によって大きく支えられているようです。

2004年6月29日火曜日

震脚に関して

 震脚に関して様々な見解があるようですが、馮老師からお聞きした見解を参考迄にここで述べてみたいと思います。さて我々の太極拳では震脚は基本的に行いません。それは震脚の衝撃が頭に跳ね返って悪い影響があるので行わないのです。しかしこれに対して中国のネット上の掲示板等で馮老師の太極拳はこれをもって陳式太極拳ではないとの話も出ていました。実は震脚に関しては馮老師が陳発科に聞かれた事があったのです。それに対する陳発科老師の回答は「震脚は松気(ソンチー)です。」との事でした。即ち分かり易く言うとファンソン(脱力した状態)した気が脚が下がると共に下がっていくという事です。決して踏みつけ無いという事です。従い、全く震脚しないか又は松気が下がるに伴いそれに任せて脚も下ろす事になります。この場合踏み付けなくてもファンソンが出来てくれば徐々に震脚の音が大きくなってきます。ただ最初の頃はファンソンも出来ておらず、今言った両者の違い(踏みつける震脚とファンソンの震脚の違い)も分からないので震脚をせずゆっくり脚を下ろすのが良いと思います。かく言う私もファンソンの震脚を時々行いますが、ある時ある人から「震脚が激しいですね」と言われた事があります。彼は私が思いっきり踏みつけていたと思っていたようでした。この点は傍目からは分からないいんだなと思った事があります。同様に発科老師も震脚が大きかったとの伝説がありますが、これを傍目から見た場合成る程陳式太極拳は思いっきり踏みつけるんだと誤解しても仕方のない事でしょう。

2003年11月14日金曜日

内功と套路に関して

 套路と内功に関して少し述べてみたいと思います。

 套路だけを練って居られる方はこれも内功と言われる人に出会いますが、これは間違いではないのです。套路も正しく練ると内功なのです。ではどうして陳発科老師から馮老師に伝わる太極拳では内功を強調しているのでしょうか?私の全くの私見ですが理由は2つあると思います。
  1. 焚き火の最初の火をつける役割
     混元気(内気)を得る事は非常に大事です。これが無ければ中身の無い太極ダンスとなりますが、この太極拳となっている方が非常に多いのが残念ながら現実です。最初に少しの混元気を得れば、套路をしても相乗効果が出てきて、ますます混元気が大きくなっていきますが、この最初の混元気を得る事が非常に難しいし、長い時間が掛かるのです。この点混元内功を練ると、この混元気を早く獲得できるのです。凡そ1-2年で自分で変化を感じられるくらいになります。そうなってくれば套路にも重さがでてきますし、威力も出てきます。もちろん内気があるので健康にも良い影響が出てきます。これは正に火がつきにくい焚き火で最初の火を付ける役割と似ています。最初は火がつきにくいものです。ここで止めてしまう人が非常に多いのと火が付いていない事に気づかずに続けている人も多いのです。
  2. 混元気を増加させる役割
     混元気を増大させる役割があります。この効果は套路でもありますが内功の場合その効果は一層大きいという事が言えます。これは馮老師の元々の内弟子は最初内功しかやりませんでしたが、套路を併用している人と比べても功夫が早く上がっているのを見ても分かります。
此れほど良い効果がある内功ですが、問題はあるのでしょうか?そうです一つあるとすれば動きが単調なので長年やっていると飽きやすいという事が言えます。2-3年もやっていると飽きてくるでしょう。これを克服して続けるのはちょっとした忍耐力がいるかもしれません。

2003年4月18日金曜日

失伝に関して

 今日は失伝に関して私が馮老師から聞いた話を元に話たいと思います。これはある時馮老師との練習の後、話題が胡耀貞老師の話になった時の事です。馮老師はいつも胡耀貞老師の事を神だと絶賛されますが、その時も胡老師を絶賛されていました。その流れの中で胡老師の功法に付いて言及されました。胡老師は本当に多くの功法をお持ちだったと言われていました。自分は胡老師から多くの功法を学んだ。自分が弟子の中でも一番多くを学んだと思う。でも自分が学んだ功法は胡老師の功法の約30%くらいだったと。即ち70%くらいは失伝したとの事でした。では他のお弟子さんは大体どのくらいの功法を学ばれたのですか?と質問すると約10%くらいだと思うと言われていました。成る程、流派ができる一方で、失伝もこのように生じているのかと感慨を新たにしました。最初は馮老師は胡老師の全てを継いだものとばかり思っていた私は胡老師の高い境涯に思いを致すと共に、馮老師でも胡老師に師事している間には胡老師のレベルには未だ距離があったのかと思ってしまいました。通常馮老師の教え方は学生があるレベルに達するとそのレベルに合ったものを教えるという具合に段階を踏んで教えていきます。これは当たり前と言えば当たり前ですが、馮老師もそのように胡老師から学んだものと推測されます。従い、馮老師も当時の胡老師のレベルから見れば未だ未だだったのかも知れません。ですからその時点で胡老師の全ての功法が学べなかったのでしょう。もう一つの解釈は他の功法があまり重要でなかった事も考えられますが、胡老師が色々な功法を持っておられた事を馮老師が知っていた事からも他の功法が無用ではなかったと思えます。この話を聞くまでは失伝というのは後を継ぐ人がいなかったから起こるものと思っていましたが、そうではなく師事している期間に師のレベルに達しないから起こるものも多いのかなと思い始めました。師はいつまでも自分の傍にいるわけではありません。偶々、何かの縁で知り合い、ある時間を一緒に過ごすだけなのです。その意味でも良い師に会ったならその時間を惜しむように練習し、自分のレベルを上げて師から多くを学ばねば失伝は起こるという事だと思います。もっとも馮老師の場合は練習を怠ったものではなく、胡老師が突然居なくなった事により、胡老師から学べなくなったのです。胡老師はある時文化大革命が起こる事を予知し、その話を馮老師にされ、自分は田舎に行って暮らすと言われ突然居なくなったとの事です。

2003年3月22日土曜日

「漂(piao)」と「沈(chen)」

 太極拳では身体がふわふわと浮いた状態を「漂」と言います。「漂」の状態の場合、太極拳では「花架子」または「花拳繍腿」と言って要はカッコばかりで力が無いと言う意味で、これらの状態を嫌います。この「漂」の状態の場合、推手等でも簡単に飛ばされるでしょう。一方、時々有名な太極拳の先生が多くの人に押されても動かないというような映像を見た事があると思いますが、これは正に「沈」(正しくはこの漢字ではありません)の状態と言えるでしょう。これは少し触らせて貰えば分かりますが、非常に重たい状態にあります。このように功夫が出てくると「沈」の状態になってきます。こうなれば相手を崩すのも比較的容易になります。私も最初の頃この差に驚きました。この違いはどこにあるかと言えば、混元気(内気)の差にあると思われます。混元気が出てくると套路も重くなり威力も出てきます。ではどのようにして混元気を獲得するのでしょう。タントウ、套路、等色々な練習が混元気の養成に役立っています。然しながらこれらに内功を加えると格段に混元気の養成が速くなります。混元気の養成に重要な事は「松(ソン)」です。私の最初の師である朱老師はほんの数年で凄い功夫を得た人ですが、老師の套路は非常に滑らかで、且つ「松」となっています。こんなんで良いのかなと思える套路ですが、朱老師は種々思考錯誤の上たどり着いた結論との事でした。殆どプラプラやっているようですが、滅茶苦茶重そうにも見えます。本人は全然疲れないし、気持ちが良く、且つ功夫も非常に速く上がるので、馮老師の太極拳とは見た目は違いますがこれで行こうと思われているようです。馮老師の套路も表演の時は別として、我々との練習の時は非常に滑らかで楊式太極拳かと思える柔らかさです。内功以外にポイントは「松」が上げられる事は皆さんもお分かり頂けたと思います。功夫と太極の哲理を求める太極拳これが私の目指す太極拳です。なかなか道は長そうですが、奥が深く、やりがいがありそうです。

2002年12月14日土曜日

馮式太極拳と言われるが

 最近馮老師は46式等の套路を編纂されたが、その中に通ヒ等の技が入っており、ここまで来れば馮式太極拳だと言う声が聞こえてきます。その考えも分からないではありませんが、最近太極拳とは何かと考えるに技によってのみ規定されるのではないかと考えています。私も含めて多くの日本人の練習者はどんな技があって、どういう風に使うのかに多くの関心がいっているように思います。これは太極拳の技、これはXX拳の技といった具合です。然しながらこの考えはあまり当たらないのではないかと最近考えるようになってきました。これはどう言った事かというと、太極拳は一定の功夫の基礎の元、太極の哲理に則って技を載せていく、使っていくという事ではないでしょうか。例えば同じ技でも太極拳の哲理に則って使い、太極拳の勁の出し方で用いれば太極拳の技と言えるのではと思います。技は重要には違いないですが、もっと大事なのは『功』と太極拳の哲理の体現ではないでしょうか。私は以前空手をやっていましたが、今空手の技を使っても太極拳の技として蘇ってくると思われます。それは陰陽、虚実は常に意識されますし、勁の出し方も太極拳風になります。この技が載っているベースが非常に大事でこれを身に着ける事に注力すべきだと考えます。その後色々な技を覚えても、そのベースがしっかりしている(太極拳風になっている)と太極拳の技として出てくるのだと思います。太極拳のoriginalの技も長拳等の影響を受けていると思われますし、多くの拳の影響をうけている事は間違いなさそうです。その意味で太極拳の核心を求めるとすれば技の占める割合よりも太極の哲理の体現、功(練習による力)等の方が重要なのではと思います。ここで重要な落とし穴があります。小生のようなフルコンの空手から太極拳に転身して来た者にとって太極拳をやっている人は理屈をいう人が多いという気がしています。といっても小生がお会いするのは中国人が多いのですが。それは太極拳のバックにある太極の哲理のせいでしょう。多くの太極拳修練者は太極拳の哲理等を語っているのです。でも実際に手を合わせると理屈程でもないという人が多いのも事実です。これはどういう事かと言うと哲理を書いた本は多くあります。又単に套路の順番、解説に終始した本もあります。然しながら練習の方法を書いた本は少ないのです。これは非常に意外な事ですが事実でしょう。太極の高みにいく方法が抜けているのも通常の分野では珍しい事です。これは太極拳の練習が伝統太極拳の間で秘伝となってきた為か、もしくは日本で習う人の多くが太極拳の練習は套路を規定通り行う事という潜入概念がある為それ以外の方法を受け付けないのか、あるいはその両方かです。実際驚くのは太極拳の教室で套路をやらないと練習生があまり興味を示さないという話を聞いた事もあります。套路を練習しにきたのか太極拳を練習しにきたのかわからない状態です。もちろん套路は太極拳の重要な一部ではありますが、練習方法を生徒が決めるのも変な話です。ここにも練習方法の軽視が見られます。しかしこれが一番重要といっても過言ではありません。その意味でも中味のある太極拳を知っている先生に会われたなら、先生の言われる通り練習する事が重要です。

2002年8月24日土曜日

松(ソン)と軟(ルアン)

 私は主として中国で太極拳を覚えあまり日本の太極拳を知らないけれど、日本と中国を比べると功夫が上がる速度が中国の方がかなり速いとの印象を持っている。北京の地壇公園にある馮老師の太極拳の活動センターには多くの一般生徒が練習しているが2年もするとかなりの功夫を身に着けている人を多く見かける。一方日本では功夫の上がる速度がかなり遅いように思われる。その原因の一つがここに挙げる松(ソンといって脱力した状態で放松ともいう)と軟(ルアンといってグニャグニャとやわらかい)の問題ではないかと見ている。即ち日本人の太極拳はくにゃくにゃして「軟」ではあるが、必ずしも「松」になっていない人が多いような気がしている。従い見ていると「軟」ではあるが未だ硬い(言葉の矛盾ではあるが)、即ち「松」になるべき箇所が「松」になっていないのではないかと思える。私の錯覚かもしれないがこれが功夫が上がる速度に影響しているのではないかと思われる。私の友人でやはり台湾で太極拳を習い日本に戻ってきたSさんがいますが、ある時Sさんが日本の太極拳は放松を言い過ぎると言っていた事があります。私はその時はその真意を掴みかねていました。即ち「放松」は非常に大事で、いくら強調してもし過ぎる事はないと思っていたからです。多くの人が「放松」が十分でないために築気が行われず混元気がなかなか充実して来なかったりするものです。しかし最近になってSさんの意図は「放松」を強調し過ぎるから「軟」となっているだけで拳法としての威力が感じられないという事が言いたかったんだなと一人納得している次第です。この両者は似ているようで全く異なり、多くの人が「松」のつもりが「軟」になっており、内気の充実、内気の膨張感が得られない状態に陥っているのではないでしょうか。

 偉そうな事を言っていますが、斯く言う私も「松」が十分でなく長い間苦労しました。老師と同じように套路を練っているつもりが、師兄弟からはお前のは太極拳じゃないとよく言われました。動きは同じなのにどうして太極拳と違うと言われるのか全く理由がわかりませんでした。今思えば、当時は放松が十分でなく、且つ勁も違っていた(勁がでていなかった)のでしょう。この辺が太極拳の難しい処です。外見が同じに見えても中身が全く違うという事があり得る訳です。それ故きちっとした老師に付いて習う必要があるのです。きちっとした老師とは中味のある太極拳を理解している人です。さもないと全く違う方向に走っているという事になりかねないのではないでしょうか?日本で習う場合多くの人がきちっとした老師に付いていない為かかる過ちを犯しているケースが多いのではないでしょうか。特に習い始める最初の頃が非常に大事だと思います。この習い初めの情況により、それ以後の上達の速度がある程度きまるような気がしています。

2002年4月16日火曜日

陳発科と陳式心意混元太極拳(2016 11/14 更新)

 馮志強老師によれば、陳式心意混元太極拳は自分が創ったと言われていますが、これは自分が創ったものでは無いと言われました。これには実際私は腰を抜かす程驚きました。北京陳式の間でも陳式心意混元太極拳は陳式太極拳というより楊式太極拳に近いという話が漏れ聞こえてきていました。陳発科は陳式太極拳はより高い次元に入ると混元(球の動き、回転運動)の動きになるとの事で、晩年は動きが益々丸くなっていったとの事です。この陳式太極拳を陳発科老師は都合7回変えたとの事です。その具体的変遷も馮老師は見せて下さいました。7回の内4回は陳発科老師が自分だけで変え、残りの3回は胡耀貞老師と相談、研究の上3年かけて変えたとの事です。従い、この7回の変更が現在の陳式心意混元太極拳の基礎となるものです。更に、発科老師は一つ、一つの動きに混元の動きを加味していくよう馮老師に指示をされた由。この指示に基づき馮老師は更に7回変更を加え、現在の形になっているのです。言い換えれば、陳家伝来の物をベースに陳発科と胡耀貞が研究の成果を反映して出来たものが陳式心意混元太極拳と言えるでしょう。しかもその大半は陳発科老師が自ら変えたものです。例えば金剛捣碓は立円になっていますが、これも陳発科老師が気の流れを鑑み変えたものだそうです。しかも現在の形に至るまで2回の変遷を経たとその変遷を馮老師は示されました。私の理解では丹田の混元の動きと纏糸の勁をうまく組み合わせて、それに意念の開合も加えた陳式のエッセンスを贅沢に盛り込んだ套路と言えるでしょう。

 ここで疑問になるのは馮老師自身が80年代初めまで混元太極拳をやっていなかったとの証言が師兄弟からありますが、御自身は練習されていたが、世に出す時期ではなかったのと、教える生徒の水準の問題もあるとの事でした。今は基本的に初心者から混元太極拳を教えていますが、人によっては簡単な動作から教えておられるようです。

 もう一つの疑問は馮老師の師兄弟が混元太極拳を練習していない事です。これは陳発科老師がこの太極拳を皆に伝えた訳ではないとの説明でした。ある弟子には変更した全てでは無く一部だけ伝えたとも言われていました。

 従い、混元太極拳は馮老師の尊敬する陳発科老師と胡耀貞老師のお二人がその基礎を創られ、馮老師が両氏の指示に基づき、その延長線上に発展させた太極拳と言えるでしょう。
ある時馮老師が旧来の一路を練習していると陳発科老師が馮老師に後戻りする必要は無いと言われたとの事です。又陳発科老師はこの拳を上乗の太極拳と言われていたそうです。もちろん他の太極拳は他の太極拳で独自の良さがあり、自分のみを良しとする事が無いよういつも馮老師が戒められていた事なので誤解なきよう。

【大意】
陈发科老师研究7年,改了7个地方。之中3个地方,陈发科老师和胡耀贞共同研究3年而改善了。这个7个修改的陈式太极拳是现在的混元太极拳的出发点。

后来陈老师去世之前,他要求冯志强继续修改陈式太极拳。具体的话,各个招式中间插上混元的动作。按照这个指示,冯老师改了7个地方。所以,一共有14个地方修改了。

2002年2月3日日曜日

北京秘話(大成拳vs陳式太極拳)

 これは実際その場にいた人から聞いた話なのですが、昨年か一昨年に亡くなられた王選傑と馮老師の話です。この王選傑という人は意拳(大成拳)の名人の言われた王向郷の弟子で意拳を名乗っている人達とは別に大成拳を名乗っており、師は同じ乍らお互いの交流は無いとの事です王選傑は実戦に長けているという事で知られており、大成拳に関する著述もあるようです。ある時北京の民間武術家の各流派のトップが集まる会議がありました。民間武術家とは所謂体育委員会に属さない、伝統流派の事です。この時に、居並ぶ各流派の御偉い方を前に、王選傑氏は「北京の武術界には名師はいないようですね」と発言された。この意味する処は北京には強い武術家はいないとの事。一瞬会場はシーンと静まりかえったとの事です。誰も発言する人はいなかったようです。それは王老師が実戦で有名なので、触らぬ神に祟りなしと思ったのか、あるいはそれに反論するのは大人げ無いと思ったのかわかりません。その時馮老師が立ち上がり「試しますか?」(中国語では試一試(口馬)と言われた由)と言われ皆ギョとしました。正に一触即発の事態です。周囲の人間が一斉に止めに入ったので結局戦いにはならなかったとの事でした。それ以来王老師と馮老師はあまり仲が良くないとの話を聞いています。

2001年12月31日月曜日

功夫

 太極拳で大事な物はなんでしょう?私は太極拳の套路を練習する際によく馮老師にそのワザの使い方を聞いたものでした。その意図は太極拳の套路を練習する際に意念が働かず"散"となると言われたので各技の用い方を聞き意念を用法に合わせ集中できるようにしたのでした。これはこれで間違いではないのですがある時馮老師が一番大事なのは功であると言われました。功は功夫と言い換えてもよいと思いますが要は内功を練る事によって出てくるパワーです。功・胆・技巧(ワザ)の順に重要で特に最初は功を練る事が重要であり、これが無ければ技が役に立たない結果となるとの事でした。さて功を練るにはどうしたら良いのでしょう。道は沢山あります。ただひたすらに套路の練習を繰り返す人もいるでしょう。それはそれで間違いではないのです。例えば名人と言われた陳発科老師は一日に一路(83式)を30回練習したと言われています。しかし私は皆さんに套路を練る事以外に太極混元内功を練る事を特に強くお勧めします。その理由として下記が上げられます。
  1. ある時功夫をつけるのにどの様な練習を行うのが一番早く身に付くか馮老師にお聞きした時に太極混元内功を行うのが良いとの話がありました。この内功は馮老師が編み出した所謂秘伝と言われる類のもので事実最近迄一般の人には公開されない類のものでした。即ち通常名をなすには単に多くの時間練習しているのでは無く(実際多くの時間練習している人を沢山見てきましたが、真の功夫を身に付けている人は少ないのが実感です)何か人に無いブレークスルーがあるというのが私の考えですが正にそれが太極混元内功であるのです。皆さんよく考えて下さい。受験でも、仕事でも競争で負けない時には、その人の努力もさる事ながら何か他の人とは違ったやり方、即ちブレークスルーがある場合が多いとは思いませんか?
  2. 馮老師は高い功夫がある事で名を知られているものの、所謂太極拳の専門家ではなく、北京の電気会社に勤めておられて技師として最高の八級まで取られた経歴をお持ちです。在勤当時は技師としての腕前も相当なものであるとの話を馮老師の職場の元同僚から直接聞いた事があります。但し、数人の人を除いては馮老師が太極拳を使えるという事は知らなかったそうです。即ち練習に割ける時間は自ずと限られており、その短い時間の中で功夫を身に付けられたという事実です。元々太極拳は陳家溝で行われていたのですが、昔は農閑期にはひたすら練習したとの話です。その様な練習量の中から名人、達人が出てきたのでしょう。現在では太極拳の専門家の中からやはり名人、達人が出てきていますが、この点で馮老師は我々の多くと同じでアマチュアあがりの太極拳家なのです。従い、その中で生み出された練習方法は比較的仕事を持っている我々一般人には合っていると思われる事です。
  3. 私自身北京では太極拳を練習している多くの人と交流がありましたが、推手の真似事等をして感じたのは自分自身割と早く功夫が付いてきているなと感じた事でした。勿論私のレベルは低く、入門のレベルに過ぎないのですが短期間にレベルが上がってきたとの実感は持っています。私は日本の太極拳を良く知らないのですが、功夫を重視する太極拳というのがもしあまり普及していないのなら、これを機会に太極混元内功と陳式心意混元太極拳を練習されるのが良いと思います。又功夫を重視する太極拳が既に普及している場合でも、ちょっと本太極拳を覗いてみる事が今後の参考になるかもしれません。時々一般向けに講習会を開き、皆さんに紹介していこうと思っています。

2001年7月1日日曜日

真功夫Ⅱ

真功夫Ⅰの続き以下の通りです。

「今敢えて功夫は問いません、拳を正確に打つ事ができれば上出来です」

記:
皆さんは太極拳の真功夫は失伝したと思いますか?
孫:
孫式太極拳は私の後は終わりでしょう。
呉:
この可能性はあると思います。と言うのは腕前は人の体を通して表れるし、真功夫を掴んでいる人は益々少なくなっているからです。民間武術は現在滅亡の危機にあります。最大の問題は学んでも使う場面がない事です。過去民間武術は多くの使い道がありました。例えば拳を教える、ガードマン、公の御用、最低でも世の中で香具師、旅芸人になる手もあった。
現在は実戦の拳を学んでも表演で金メダルを取る事もできず、全く使い物にならない。
清末の民国初期に李瑞東という先輩がおり、人は「鼻の李」と呼び北京、天津一帯では名を馳せていた。晩年に彼は自分の会得した物を三種類の太極拳、即ち天盤、地盤、人盤として著し、又器械に関しても著した。但し、時代が発展するにつれ現在その太極拳を練習する人は多くないと思う。只人盤太極拳又の名を五行錘はまだできる人はいるだろうが天盤、地盤太極拳は恐らくできる人はいないだろう。
馮:
太極拳に限らず武術としてみた場合どれもこれも失伝はあるでしょう。というのは拳架上ではなく功夫上も失伝はあるでしょう。拳架の事はまだなんとかなるが、功夫上の事は対処するのが難しいと思います。現在功夫は失われつつありますが表面的には発展しています。
例えば見ばが良くなったり、来ている衣装も良くなっており発展している。
2人のドイツ人が私の下で太極拳を学んだ事があるが、一つの動作を彼らは一度に数百回練習したりする。もちろんうまくできなければあきらめません。タントウも毎日2時間行う。
我々中国人はそれ程苦労して功夫を練ったりする人はいない。外国人は中国の功夫が良いのを知っているので一所懸命学ぶ。我々は努力して学ばねば、将来は…。
王:
趙堡太極拳は代々村の中で継承されてきており失伝はありえない。但し、以前は武功があった人は死ぬ前に弟子の中で優秀な弟子を選び秘伝を伝えた。もし、師が死の直前に秘伝を教えるのであれば中国の太極拳は危険な状況にあると言わざるを得ない。
李:
そんな事はないでしょう。必ず愛好者はいます。
游:
失伝する事は有り得ないでしょう。中国の文化は五千年の文明があり、秦の始皇帝はかつて焚書坑儒を行ったが中国の文化はやはり保存されてきた。文化大革命の期間も又一度文化は災難に会ったが現在この文化の本質的な部分は完全に守られてきた。
楊:
そのような事は無い。学ぶ人はいるが、一人おれば一人に伝え、二人おれば二人に伝える事ができる。あなたはまた功夫は違うと言うのでしょう?現在は功夫は議論せず拳が正確にうてればそれだけで立派なものと言うべきでしょう。
国家政府部門が中国伝統太極拳の管理情況を理解する為、記者は国家体育総局武術運動管理中心主任の李傑を取材した。

記:
武術管理センターは中国伝統太極拳を扶植する事ができますか?
李:
私は各省市が現在斯様なお金を割り当てる事はできないと思います。何故なら伝統武術の研究は目下の処重点項目に入っていないからです。現在武術をオリンピックのアイテムに入れる事が焦眉の急となっており、どの拳種を重点として研究するかといった事に割く精力はありません。と言うのは拳種が多すぎるからです。資金上は現在競技太極拳ですら不足しているのに、どうして伝統武術を研究する資金があるというのでしょうか?
記:
では中国太極拳の真功夫は失伝していまうのでしょうか?
李:
心配はいりません。伝統武術は絶対失伝しません。只、新しいものが出てきて元々の物は失われていくでしょう。もし元々の物が失われれば即ちそのものが存在する価値がなかったと言えます。
21世紀はわれわれの子孫、後輩は真の太極拳の功夫を見ることができるでしょうか?又外国人は太極拳の真功夫は中国にあり決して他に移る事がありえないと考えているでしょうか?我々世紀を跨る中国人はこの時期にあたり何をできるでしょうか?

2001年6月16日土曜日

真功夫Ⅰ

 中国の北京青年報でかつて主として伝統式太極拳に焦点を当て、中国太極拳の真功夫(修行による真の威力)は失われてしまうのか?との記事があったのでここに翻訳の上掲載し、皆さんの功夫を考える一助にしたいと思います。

中国太極拳の真功夫は失伝してしまうのか?
(北京青年報1998年11月13日より抜粋)

「太極拳は中華民族が人類に対し行なった5番目に大きな貢献である」

 太極拳は中国の国粋であり健康、護身、修身が一体のものである。アメリカの宇宙飛行士も太極拳を空中での重要な健康維持方法と見なしている。第5回中国永年国際太極拳聯誼会組織委員会秘書長のJU金禄のは以下の様に述べている。「太極拳は中華民族が人類に対し行なった5番目に大きい貢献である。」解放以後国家体育委員会は専門家を組織し、簡化太極拳(24式太極拳)、32式太極剣、48式太極拳、88式太極拳を編纂した。又1989年には太極拳競技套路、太極剣競技套路、楊、陳、呉、孫、の4式太極拳の競技套路を編纂し、太極拳の普及及び試合の規格化に意義ある仕事をした。然し乍ら中国の民間には数百年来伝わって来ている各流派別の伝統太極拳が存在する。正に国家体育総局武術運動管理センター主任李傑氏が言われるように「競技試合と伝統套路は別物であり、太極拳の真功夫はやはり民間(伝統太極拳の事)にある」

 今月16日は鄧小平の題字「太極拳好(太極拳はすばらしい)」の20周年記念日です。中国の伝統太極拳の発展は如何にあるべきか。最近弊新聞社の記者がこの問題を携え中国主要伝統太極拳流派の下記7名の名家を訪問しました。
  • 孫式太極拳の創始者孫禄堂の娘、北京孫式太極拳研究会会長孫剣雲(85歳)
  • 楊式太極拳の創始者楊露禅の曾孫、邯鄲市楊式太極拳協会会長楊振基(77歳)
  • 北京陳式太極拳研究会会長馮志強(70歳)
  • 武式太極拳第5代伝人、<武魂>雑誌編集委員呉文翰(70歳)
  • 北京呉式太極拳研究会会長李秉慈(69歳)
  • 趙堡太極拳第15代伝人王海洲(53歳)
  • 武当道教武術院院長游玄徳
記:
現在流行している制定太極拳の24式、48式及びその他競技用套路と伝統套路との違いは何でしょうか?
呉:
制定24式は伝統套路を簡略化したもので、大体一週間で学べる。伝統套路と基本的に形は同じではあるが、内在しているものは多くが異なる(内在的東西很多是不同的)。24式は大体において楊澄甫の楊式太極拳を基にして編纂したのものであり、技撃を考慮せず容易に学べる事を主眼に編纂されている。即ち目的は真功夫を教えるのが目的ではない。一週間で真功夫が学べるなら神業と言わざるを得ない。競技用套路に関しては武術選手は健康を目的としてではなく、又技術を目的としてでもなく表演(EXHIBITION)、即ち動作がきれいという事を目的としている。例えば左右の足上げの時足を大変高く上げる、鳥の羽根の如くあげる。昔の老武術家は一人としてこのように足を高くあげる人はいなかった。楊澄甫でもその様に足を上げる事ができるようには鍛えられなかった(太極拳の技術上から見れば足を必要以上に上げる事は容易に自身の平衡をくずす事になる)。
「あなた達は以後拳を学ぼうとするなら日本に行き後藤氏につきなさい。」

記:
あなたの太極拳研究会はどの様な活動があるのですか?
孫:
別の研究会が出来た時に錦の旗を贈る以外に特に活動はありませんね。
李:
研究会といえば聞こえは良いが実際は活動をしていないのが現状。この12年来毎年多くて年に2-3回の活動をしている程度。
記:
あなたの生徒さんは何人くらいですか?あなたはあなたの先生の功夫を全て引き継いだとお思いですか?又あなたの生徒さんはあなたの功夫を全て引き継いだとお思いですか?
孫:
入門した生徒は約100名です。太極拳を職業としているのはおらず全てアマチュアです。
私の弟子の中で日本の後藤氏は一番良いと思います(今年後藤氏が中国に拳を学びに来た時孫剣雲老師は彼女の中国の弟子達に「今後あなた達が拳を学ぼうとするなら日本に行って後藤につきなさい」と言ったとの事)。研究会が何人いるかはわからない。今、多くの人は私の所まで来ないから、よくわからない。私は老先生(孫禄堂)の功夫をほんの少し、十分の一、二を引き継いだが私の生徒で私が得たものを全て引き継いだものはいない。
呉:
本当に私の弟子と言えるのは10人に満たない。私と私の先生との差は非常に大きい。以前は拳を学ぶ者は功夫を大事にしたものだ。又、技撃を中心に据え、私の先生は相手を一丈程ぶっ飛ばす等全く問題がなかった。原因は彼は練習する時間があった。彼は御母堂がなくなった時は2-3日太極拳を練習しなかったが、結婚の時も太極拳を練習していたと言われている。私の弟子で私の太極拳の全てを引き継いだものはいない。私の半分を引き継げば立派と言えるでしょう。
李:
生徒はそんなに多くはいません。ずっと続けているのはせいぜい100人でしょう。実際上国家が編纂した制定太極拳を練習している人が多く、伝統式太極拳を真剣に練習している人は多くいません。このように労多い伝統式を練習する人はいないでしょう。音楽があれば又簡単で良いでしょう。皆はちょっと練習してみてそれで十分でしょう。但し、本当に功夫を練るのはいないでしょう。中国武術は見た目は非常に普及しているように見えるが実際上その技術がすばらしいというのは殆どいないでしょう。私の先生の功夫を私は引き継いでいません。そんなにたくさん引き継げないでしょう。私の生徒で私の全てを引き継いだ者はいますがその人数は非常に少ないものです。
馮:
私が教えた生徒は数万人にのぼるでしょう。拳理が明晰で拳架が正確で技撃に精通していて初めて全面的に継承したと言えるでしょう。私の先生の功夫を全て継承すると言うのは実際上不可能でしょう。彼との理解も違うし、学ぶ時間も違い、学ぶ深さも違います。私の生徒は私のものを大部分引き継いだと言えるでしょう。
楊:
私は十数年来無料で拳を教えています。約7千人強の人達を教えて来ました。私は私の父の動作を変更せずにきました。私は彼の功夫及び彼の問題点を説明できます。但し、説明できる事と出来る事は違います。例えばこの手の技撃はどの様に使うか説明できますが、それが実戦でだせるかどうかは別の問題です。私の生徒で私の拳を全て継承しているものはいません。私は生徒に推手を教えた事がありません。練功している人間の功力がそのレベルに至っていないので推手を教える事はできないという事です。
游:
武当太極拳は過去は秘伝の太極拳と呼ばれていたものでした。私は門弟のみ教え門外不出を旨としていました。それは規則、慣しと言って良いでしょう。又は歴史や文化に対する一種の責任かもしれません。というのはもしあなたがある人に伝えたとして、それを受け継いだ多くの人達が大切にしなければ目もあてられないでしょう。祖先に対しても尊重しない態度と言えるでしょう。だから優秀な人を選んで伝えるべきなのです。現在私が経営している武術学校は80-90人の生徒がいます。
王:
私の弟子は少なくとも70-80人います。趙堡太極拳代々単伝され、村から出る事はありません。真実の物は全く伝える事ができません。息子の嫁には伝えるが、娘には伝えません私は趙堡太極拳の本を一冊出しましたが、その事に対する抵抗は大変なものでした。私の先生の会得したものを私は未だ完全に学び取っていません。八分の一も学び取っていないでしょう。但し、私の弟子の中には私より出来の良いのがいます。

2001年4月8日日曜日

太極拳の速度

 太極拳のスピードはどうしてあんなに遅いのか?又あんなに遅い速度で武術として使えるのか?との質問を度々受けるのでここに小生の考えを纏めておこうと思います。
  1. 太極拳のスピードはどうしてあんなに遅いのか?

    まず最初に太極拳は気功であり、気功を通じて威力を獲得するのです。この獲得された威力を功夫(コンフ)と言いますが、この気功はスピードが速くてはできない代物です。というのも気功は意念(強い意識)を使います。一つ一つの動作に意念を丁寧に使っていき、散漫な動作が無いようにします。こうして練っていけば気が全身に行き亘り健身効果が得られます。又武術的には意が鍛えられ意の強さが高められ、意の反応も高められると言われています。

    その次に太極拳は武術ですから力を獲得する必要があります。太極拳で使う力は勁と言って通常の筋力とは違います。通常の筋力は「拙力(zhuo li)」と言って排除されます。この勁を各招式で出していく訳ですが、この勁は筋力を使わず、丹田の力を使います。正確に言うと筋力は使わないのではなく、力の伝達としては使いますが、力を発する源としては使わないという事です。筋力が力を発すると丹田の力を発する邪魔になるので出来るだけ力を抜いてリラックスさせ(これをファンソンと言います)丹田の力を最初の内は絞り出すように発します。このように力を出す場合初期の頃は動きが速くてはこの力が出ず、踊りになってしまいます。ただ上級になってくると自然と勁が出て来るようになり、素早く動く方法で套路を打つ練習も行います。

    第三にこの勁をゆっくりと練り込んでいくと勁が徐々に大きくなってきます。即ち力が増大してくるという事です。従い、熟練者の套路は見ているだけでその勁の大きさが伝わってきます。逆に初心者の套路は勁が全く見えない場合が多いです。
  2. 太極拳はあんなに遅い速度で武術として使えるのか?
     太極拳のゆっくりとした速度はあくまで套路においてであり、実戦は又別物です。上にも書いたように太極拳は意念を鍛え、又推手等で聴勁も鍛えるので、相手の動きの察知も素早くなり、相手の動きが速ければ相手に合わせ速いスピードで動けるようにもなるのです。小生が教えて頂いた朱鋼老師は推手の時は凄く重く遅いのですが散手(自由組手の様なもの)では驚く程素早く動かれるのでビックリした事を覚えています。小生はそこまでの高いレベルに行っているとは言い難いですが以上が太極拳の速度に関する小生の考える処です。

2001年3月10日土曜日

站桩(ZHAN ZHUANG/以後タントウと読む事とする)

 太極拳を知らない方の為に説明すると、タントウとはやや足を曲げて(流派によっては大きく曲げる)て、念を丹田に置いて立つ(これも流派によって意念の置き場所が違う)所謂、立禅と言われる練功方法。

 伝統太極拳ではこのタントウを行う所が多いが、このタントウとはどういったもので、どうしてこのタントウを行うのか疑問に思われる方も多いと思う。このタントウは一つの見方は築基功である。従い、基本的には気の増大に寄与するものである。又これを行う事により、功夫(コンフと言い練功による威力)がついてくる。どうしてそうなるかは小生も知らないがそうなるのである。築基功の一つの証左は、これを行っていると手も次第に暖かくなってくるし、又丹田も暖かくなってくる。

 陳式心意混元太極拳ではどのようなタントウを行うかと言えば先ずは活歩桩である。活歩桩とはどの様なものかと言えば套路を極端にゆっくり行い、各動作の終わりに気を丹田に戻すように行うという具合に行うもの。これは非常に効果のある方法であり、お勧めです。又、この方法で套路を行えば全く疲れないと言っても過言ではないと思う。

 その他には活桩である。所謂立禅には2種類あり、体が全く動かない定桩と、足の位置は動かないが、体が自然と動く活桩である。この活桩を用いる。