2017年3月27日月曜日

太極尺

太極尺気功は太極棒気功と並び、陳式太極拳では古くから伝えられている功法です。太極棒気功は初心者の段階で練る事は弊害がありますが、太極尺気功は初心者が練っても弊害はありません。というのも尺気功は基本的に築基の気功だからです。この練り方として、幾つかある個々の招式を全て通す事はせず、最初は一つを多く練る、例えば100回くらい毎回練り、それを一週間位続けるようにします。それぞれの感触がある程度掴めてきたら次の功法に移りそれを全て終えたら通しで練るようにします。

2017年3月22日水曜日

遠藤靖彦先生の陳式太極拳

遠藤先生は知る人ぞ知る日本に於ける陳式太極拳の草分け的な存在の人です。日本でも中国でも太極拳の大会で優勝された御経験をお持ちの方です。陳小旺先生に習った後、馮志強老師に就いた方で馮老師の混元太極拳は習って居られないが北京陳式を習われた方です。昨年末初めて遠藤先生の陳式太極拳を拝見する機会に恵まれました。先生の太極拳は表面は混元では無いのですが、体の中が混元の動きになっているもので、私から見れば正に陳式心意混元太極拳でした。その功夫も凄いもので久々に感動しました。
太極拳は面白いもので、外見の動きが一緒でも中身が全然違う事もあれば、外見が違っていても中身が同じ事もあります。例えば混元太極拳を行っている人で中の混元の動きが外の纏糸の動きに現れていない人も多々見受けられます。本人は混元太極拳をやっている積りでしょうが実際は全くそうなってないケースは非常に多いものです。翻って遠藤先生の太極拳は馮志強老師が再現されていると思う程、馮老師に近い動きでした。この点は驚きでした。

2017年3月10日金曜日

太極棒

北京陳式に於いて太極棒は何を練る為にあるのかと言えば、主に纏糸勁を練る為にあります。実際ある一定程度の内気が出てきて太極棒気功を練ると内気が纏糸の運動をしながら動いている事を感じる事ができます。これは纏糸内功と同じでただ捻じっているだけでは出てきません。表面は螺旋運動となっていますが、丹田から出てきた気が棒の螺旋の動きに合わせて螺旋に動き、その勁が出てくる事になります。この練功の中で大事なのは放松と意念です。この練功法は初学者が行うと太極拳が嫌う僵力(ジャンリ)というこわばった力が出易いのである程度の内気が出てきて、放松が出来て来るようになって初めて行います。馮志強老師は日本では練功者の程度に拘わらず、教えていましたが、実際中国で教える際には一定のレベルで無いと教えて居られませんでした。

2017年3月2日木曜日

太極混元内功

陳式太極拳に伝わる太極混元内功について、巷間に伝わる誤解を解く意味で少し解説を加えたいと思います。私の太極拳の師匠である馮志強老師にある時、太極拳に関し種々お伺いしたい事がありますと申し上げると老師は半日を取って頂いて、御自宅で色々お伺いする事になりました。1対1で半日取って頂いたのは2-3回ありますが、その時にこの混元内功の話になりました。この気功は陳式太極拳から来たものか、心意拳から来たものかと質問しました。答えは両方の築基の気功を集めたものとの事でした。但し、いずれの拳でも外傳しない内傳すべき功法との位置づけは同じでした。これはどこかで述べた事と思いますが、陳照奎老師にはある出張から帰ったら伝える積りだったが、その出張で亡くなってしまったと言われていました。その後馮老師は拝師の弟子以外にも教え、外傳はするなとの教えを破ってしまわれる訳ですが、これはご自身が体を壊した時にこの混元内功で回復した為、武術を目指す人というより一般の人を対象に広めた感があります。
扨、この内功を練っていて多くの方から言われるのは3年くらい経った時に風邪をひかなくなったとか、風邪をひいても酷い風邪にはならず、すぐ治ってしまう事です。熱が出るような風邪が無くなったという話も良く聞きます。通常風邪をひいたら免疫細胞の活性化させる為に熱が上がるので、熱が出る事は全く正常な症状で悪くは無いのです。しかし熱が出ないという事は免疫細胞を大量に活性化する必要が無いくらい軽微な風邪で終わっているとも思えます。ある時混元内功を練っていて起きた変化を生徒に話して貰ったら色んな変化が起きている事が分かりました。ただ、風邪が引きにくくなるのは共通しているようでした。私の場合は手が常時熱くなっていますし、丹田も熱くなっています。丹田の場合人が私の丹田のあたりを触っても分かるレベルです。物理的にはこの2点でしょうか。私も殆ど風邪をひかなくなりました。これは本当に期待を超える太極拳からの収穫と言えそうです。そんな事は信じないという人は言われるのは勝手ですが、一度一定期間ご自分で練ってみられる事をお勧めします。

2017年2月14日火曜日

太極纏糸内功

陳式太極拳には太極纏糸内功という功法が伝わっています。この纏糸内功は纏糸勁を練る事を目的として作られています。ただ、纏糸勁を練る動作自体は外面的には捻じれの運動となっているので、手等を捻じるだけとなり、体の中の気(これを内気といいます)が纏糸の動きを伴って来ない恐れがあります。少なくとも丹田と繋がった纏糸の勁が出てくる必要があります。陳発科老師はただ捻じるだけで纏糸の勁にならないような事態を恐れての事でしょうか、この纏糸内功には築気の功法が入っています。これは明らかに纏糸の功法と言えないのですが、築気の功法と纏糸の功法を共に練りこむ事によって纏糸の勁を出していくようにしたのだと思います。実際ある程度築気が進み内気が増えてこないと纏糸の勁は感じられません。従い、馮志強門下では混元内功をある程度練り込んでんから纏糸内功に移っていくように指導されています。

2017年1月12日木曜日

内丹功

陳式心意混元太極拳には一つの秘伝であり、家傳の内丹功が伝わっています。 ただこれは不思議ですが、馮志強の拝師弟子でも伝わっているのはほんの一部でおよそ5人位と言われています。どのような基準で伝えたのかも定かではありません。ただ、これが伝わっている人が真の馮志強老師の継承者と言えるでしょう。私の師匠の張禹飛老師はこの功法を正しく継承された方でした。張老師が4年前に大病をされた時にこの功法を誰にも伝承していない事に気づき、拝師の弟子の内の何人かに伝えられました。それが今ここに伝わっているのです。本当に不思議な縁だと思います。

2017年1月11日水曜日

推手から組手(散手)へ

太極拳の練習を始めてどの段階でどのように組手を始めていけば良いかを述べたいと思います。これは馮志強老師の北京陳式での考え方であって他の陳式太極拳に付いての批判ではありません。
まず最初から組手を行うと相手の勁を聴くという事ができず、こちらが意念を出しっぱなしとなり、相手の太極、陰陽も把握できない。従い、まず推手で聴勁ができる事が前提となります。聴勁を行っている時はこちらから意念が出ておらず、動静の機が分かるようになってきます。太極拳経では太極は動静の機、陰陽の母と言われています。この動静の機、即ち太極を把握でき始めた時が組手に入る時期としては適当かと思います。この時期を出来るだけ早くする為には我々の流派では力で押しまくる「おしくらまんじゅう」の推手はせず、筋トレをして力で投げる等の推手もせず(筋トレが悪いと言っているのでは、ありません)試合の推手もせず(試合の推手が悪いと言っているのではありません)推手を一練習方法として位置づけて只管心を澄ます事にのみ集中します。推手を競技にしてしまうと私の場合はどうしてもこちらの勝とうとする意が出がちとなり、聴勁がなかなかできず、相手の心や意が動く時を捉える事ができません。 今我々が行っている推手で効果があると思えるのは約束推手です。一方が攻め、一方が守るだけの推手です。但し守る側は相手が攻撃してきた瞬間のみ攻撃ができるというルールで行います。このように行えば攻撃的で意が出る人も守る側になった時は必ず守りに徹する必要があるので、聴勁が長けてきます。この推手ができるようになると自由推手と約束組手に入っていきます。約束組手は上記の約束推手と同じ要領で行います。即ち一方が攻めるだけ、一方が守るだけで行い、守る側は相手が打ち込む瞬間のみ攻撃ができるようなルールで行います。この場合守る側の攻撃は相手の攻撃を受けつつ攻撃する形となり、攻防が一体となったものとなります。これを実現するには相手の意や、心の動く瞬間を捉える必要があります。これが正に聴勁です。こうして鍛えていけばスムーズに組手に対応できるようになります。組手(散手)が弱い、又は出来ないが推手では強いのでは本末転倒となりかねません。推手は必要ですが、散手(組手)に結びついてこその推手と捉えています。推手を独立した試合として行う事は我々の流派では取りません。心を澄まし、太極を捉えるより意が出やすいからです。勿論やり方によっては推手の試合を行っても正しい道にたどり着ける方法もあるかもしれませんし、それを批判するものではありません。
太極を追及し、太極を把握するから太極拳と呼ばれるのです。良く馮志強老師は太極の拳と言われていました。その意味は太極を掴み、太極を体現する拳という意味と解釈しています。

2017年1月9日月曜日

混元太極拳の中味

混元太極拳と言っても、元々は陳式太極拳ですので、この太極拳を創った意図は陳式太極拳の良い処は残し、少し不具合がある処は改良したというものです。 この太極拳を練っていて感じるのは丹田にある混元球の回転とそこから起こる纏糸勁との組み合わせが起こっているのです。
丹田の球はある練り方により自由に動くようになってくるのを実感できます。 自由に動くとはどういう事かというと、そう思った方向での回転をするという事です。その球の回転の遠心力が靠(カオ:一般には体当たりという事)を誘発してくるので触れた処から相手を飛ばす事ができます。 しかしそれだけには留まらない事が起こっています。それは回転から出てくる勁を纏糸の運動に変える事です。これはその2つを教室では実際に見せて比較して理解して貰っていますが、回転に纏糸が加わると威力が倍増します。これが実感できるとなぜ混元球なのかなぜ纏糸なのかが分かってきます。私のように功夫が左程無いものでも大きな威力を発揮できるようになっています。ましてや陳発科老師や馮志強老師は推して知るべしです。
一方混元内功では功夫をスピーディーにアップさせるようにできています。 通常の站椿功よりも倍以上のスピードで功夫がアップし、この套路と混元内功の精巧な組み合わせの妙を感じるものです。

2017年1月8日日曜日

陳発科の北京陳式太極拳  

陳発科老師は陳式太極拳に於いては非常に傑出した人物として知られ、その尊称を「太極一人」と言われていました。陳式太極拳ではその他に第六代陳長興もその尊称を「牌位大王」と言われ傑出した人物として知られていますが、それ以来の人物でしょう。
この陳発科は同氏が活躍した北京だけでなく、中国各地で幅広い支持と人気を博していました。私が北京にいた時(1993-2003)は既に陳発科老師の弟子である馮志強老師が非常に有名でしたが、それでも一般の人の口には陳発科の名がしばしば出てくるといった具合でした。
陳発科老師の練っていた套路は陳家溝で練っていた陳照丕老師の套路とは区別する為新架式と呼ぶ人も出てきました。実際陳発科老師とその弟子の太極拳は少し趣を異にする事もあり、北京陳式と呼称する人が出てきました。私が北京にいた時には既に北京陳式が正式名称として使われており、馮志強老師が北京陳式の会長となっておられました。このブログでも書きましたが、馮老師が創ったと言われている陳式心意混元太極拳も陳発科老師の創作という事です。 即ち、陳発科老師は不断に陳式太極拳を改良してきた陳式太極拳の大名人と言えるでしょう。 ではなぜ陳式太極拳を改良したのか、その発端は胡耀貞老師にあるようです。私が聞いた話では胡耀貞老師は陳発科老師の力量は認めていたものの、この太極拳は硬すぎると言われたそうです。それが改良の一因と思われると馮老師は言われていました。それから研鑽7年で7か所を変更し、その内3か所は胡耀貞老師と共同研究の上改良されたという事でした。この混元太極拳の原型を伝授された馮志強老師は常々この太極拳は上乗の太極拳だと言われていました。その後陳発科老師の要請に基づきこの原型を更に7か所改良されたという事です。従い、この陳式心意混元太極拳を含めて北京陳式と言って良いと思うのは私だけでは無いと思う次第です。なぜなら、そこには陳発科老師と馮志強老師を貫く一つの流れが存在するからです。
今では陳式心意混元太極拳と共に北京陳式の流れ、思想、文化も何とか後世に伝えたいものだと強く願っています。





2016年11月16日水曜日

意念の開合

太極拳は別名開合拳と言われている。これはどういう事かと言えば意念の開合を意味する。意念の開合がその勁に作用するのです。意を開く時は外に働く力が出てくるし、意を閉じれば集中した勁が出てくるようになる。これを意図的に多く使い身体を開発しようとする意図が陳式心意混元太極拳には多く入っています。 これはなかなか理解しがたい処ですが、ある程度太極拳の套路を練れて来たら、各招式毎に検証してみるのも良いでしょう。通常の勁に加え意念の開合が加わった時にどのように力が違ってくるか。その違いに驚かれる事でしょう。 これも混元太極拳の仕掛けの一つと言えるでしょう。

2016年11月14日月曜日

太極指玄功

太極師指玄功とはこちらの指で相手の意を捉え相手に触れずに相手を動かす功法です。この功法は陳式太極拳に伝わる一つの功法です。指はあくまでも補助として使いますが、相手に触れずに相手を動かす事ができます。但し、こちらが相手の意念を感じ取る力と、自身の強い意念が必要です。最近行った実験では30m離れた処であっても相手を動かす事ができる事が確認されました。これも以前述べた陳式太極拳の套路の打ち方を意識して行えば誰でもできるものです。当太極会では意念だけで相手を動かす練習をしており、皆意念で相手を動かす事ができますが、距離が遠く離れた処から相手を動かすには一定の功夫が必要です。

2016年11月13日日曜日

陳発科に伝わる陳式太極拳2

先に陳発科に伝わる陳式太極拳でその他の陳式太極拳との違いを簡単に述べてみました。そこで書いた内容は馮志強老師からお聞きした陳発科老師の拳なので、間違いでは無いと思っています。 今日は小生が北京陳式の大会を見てその他の陳式太極拳と違うと思った点をあげてみたいと思います。これは陳発科老師が言われたかどうかは分からないので偶然の一致かも分かりません。北京陳式とは陳発科老師の弟子や孫弟子が集まって北京で開いていた大会です。 ここで見た套路の打ち方とその他の陳式太極拳の打ち方で一番大きな違いは首を振るか振らないかでした。 北京陳式の大会で打っている套路では首を振る人を見かけませんでしたが、その他の陳式太極拳では首を振る人を多く見かけた事でした。これは陳発科老師が首を振るなと言われたかどうかは定かではありませんが、多分陳発科老師は首を振らなかったのではないかと推測されます。馮志強老師がお亡くなりになった今となっては確かめる術はありませんが、、、。

捨自従人という事

太極拳のなんたるかを示した太極拳経に「捨自従人」という言葉があります。この捨自従人は一般的には字の通り自分を捨てて相手に従う事と了解されています。 これはあくまで動きがそうであるという事よりも深い意味を持っています。即ち動きだけで相手に従っていても自分の我が出ていたり、意念が出ていたりすれば捨自従人の狙いを全て満たしている訳ではありません。 例えば動きを相手に従うようにしてもいつでも反撃しようという気持ちがあれば逆に相手に崩されてしまう事になります。自分を捨てるという事は自分から意念を出す事なく相手に従っていくという事です。そうすれば相手の意念が出てくるようすが良く分かります。それを捉えます。その捉え方も無理の無い捉え方をします。即ち意が出てくるという事は気も出てきます。その全体の流れを把握して流れに沿った方向で流してあげると相手が崩れる事になります。即ち捨自従人は相手の意念を捉えるレーダーを敏感にするという意味もあるという事です。最初から最後まで相手の意の流れを捉えそれに従って流していけば一連の気の流れが出来、容易に相手を崩せる事になるのです。

2016年11月12日土曜日

陳発科老師と功夫架

陳式太極拳には功夫架という低架式で練る方法が伝えられており、陳照奎老師も陳発科老師より功夫架で鍛えられたと伝えられています。但し、晩年の陳発科老師は功夫架を否定しておられ、足は円を描くようにするよう指導されていたと聞いています。この理由はあまりに低架式の場合足が円弧を描かず気が通りにくいとの事です。もう一つの理由は膝を痛め易いとの事です。
ある時陳照奎老師の弟子にあたる馬虹老師の生徒が表演が終わって馮老師にコメントを求められた時馮老師はこの話をされたそうです。
混元太極拳の改良と一つのポイントは気の流れとの事で、陳発科老師は気の流れを考えて陳式太極拳の套路を改変されたと聞いています。

2016年11月11日金曜日

推手の練習方法2 2016年11月15日更新

推手の練習方法は先のブログで書きましたが、もう少し突っ込んで説明したいと思います。
ここで太極拳経に戻って太極を定義してみたいと思います。
「太極は無極から生じ動静の機、陰陽の母なり」
これはどういった事かというと動静が生じる前、陰陽が生じる前のその機を含んだ状態を言います。 ではこの動静は何を指すのか? 相手が動く前なのか? これは心が陰陽に分かれ、意が陰陽に分かれ、身体が陰陽に分かれる事を前提とすれば心が動きそうになった処を指しているのです。心が陰陽に分かれる前、ここが太極ですが、これを押さえる、掴む事が非常に大事です。
まずは自分が全ての念を落として無極となる事が必要です。この状態になれば相手に太極が生じた事が良く見えるのです。なぜなら自分の念を落とし無極に立てば相手も自分も一体である感覚、もっと言えば周囲の場とも一体の感覚を得る事が出来ます。この状態で相手の何かが動けば、相手の心も含め自分の身体の中の事のように明確に捉える事が出来ます。
では次の段階、相手の心が動き、意が動き、身体が動いた時にどのように対応して行けば良いか? 既に心が動いた状態で相手を捉えており、どういった動きにでるかは予測できます。しかし相手が動いても、こちらは心や意を動かしてはダメです。特に相手の動きに意を固着させるとうまくいきません。相手が動いてもあくまでも自分を捨てて相手に従うように相手に合わせていき、こちらの意は相手の全てを捉えていると相手を崩す事が可能です。これがいわゆる「捨自従人」(自分を捨てて相手に従う)です。私もいつも出来ている訳ではありませんが、このように練習していけば太極を把握でき、崩される事は無くなるでしょう。というか「後の先」を取る事が可能となってきます。
又散手になった時でも心の動きが捉えられ遅れをとる事はなくなります。本当に力量がある外家拳の使い手の場合拳が見えない事もあります。小生は極真会芦原道場、芦原会館に身を置いて芦原先生を身近に見てきました。時々今何発拳を出したか聞かれるのですが、あまりにも拳が早く見えない事がありました。このような素早い拳の場合相手が動いてからこちらが動いても到底間に合いません。従いオシクラ饅頭の推手をいくらやっても全く役に立ちません。馮志強老師の推手はいつも相手が動く前を捉えられておられました。 ある時小生が推手でなかなか歯が立たない劉師兄が、偶々馮老師が通りかかったので推手をお願いしました。殆どお願いしますと言い終わらないうちに崩されていました。これでこそ散手(組手)に使える推手となるのです。
又ある時陳発科老師にある外家拳の使い手が試合を申し込んできました。発科老師は断ったのに執拗に試合を迫り、自宅まで付いてきました。仕方なく発科老師は同挑戦者と立ち合い家から放り出したという事です。 馮志強老師はその時陳発科老師の書生をしていましたが、陳発科老師は馮老師に今来た外家拳の使い手の拳は非常に速かったがそれは怖れる事では無いと言われました。この意味は上記を読まれた方はお分かりでしょう。

套路の打ち方

套路の打ち方も各派色々あるでしょう。 ここでは陳式嫡流の陳発科直伝の套路の打ち方(
日本では型を行う事を中国では套路を打つといいます)の触りを以下述べる事にします。
まず陳発科老師は套路を技を組み合わせた運動だけとは捉えていませんでした。要は陳式太極拳を打つ身体と意念の開発を套路の目的と考えていたのです。技を習得する運動の側面も無い訳ではありませんが、その位置づけは然程高くは無いという事です。

第一は意の運動という側面です。要は意で套路を打つ為、意がどんどん強くなって行く訳です。太極拳は「用意、不用力」といわれ意念が大事です。陳発科老師も馮志強老師も北京ではその功夫を知らないものはいない人物として知られていましたが、陳発科老師は千頭の象は倒せないと言われており、功夫だけでは無い意念等を重視して套路を打っておられたという事です。太極拳は連綿不断と言われますが、このように意を連綿不断に用いて套路を練る事が重要です。

第二は身体の開発という側面です。内勁を練るという事です。取り分け纏糸勁と混元球を練る事が大事です。まずは外から中を練り、次は中から外を主導する事です。どういう事かと言いますとまずは套路を練り込んでいきますと徐々に中が出来てきます。中とは内気と勁道の事です。中が別の生き物のようになってくると、今度は中を動かす事により、その力が外に現れてくる事になります。特に混元太極拳は多くの纏糸内功を含んでいますので、纏糸勁が練られる事になり、自然と纏糸勁ができるのです。

第三は気の運動という側面です。これは意が動く為、自然とそれに伴って気も動く事となります。「意到気到」と言われているのであくまでこれは意の運動の結果です。従い、これに特に注意を注ぐ必要はありません。ただここでこの内気の練りかたには陳式太極拳には一つの密伝があります。

第四に技の側面です。

上記が一般的な套路の練り方になります。又所謂発勁を伴う套路である二路は炮捶(ほうずい)と言われていますが、この練り方にも陳式太極拳の密伝があり、馮志強老師も陳発科老師より伝えられた密伝に従って二路を練られたそうです。ある時公園で馮老師と二路を練っていた時、陳式の他流派の方が通りがかった時にサッと二路を打つ事を止めたのには驚きましたが、これも流派の密伝を守る為の行動と理解されます。

中文訳
关于打套路,每个派会有不同方法。在此将描述式正中,陈发科老直接授的打套路方法的入内容。首先,陈发科老师认为套路不只是个招式运动组合而成的。式心意混元太极拳中,打套路的目的是展意念和锻炼和开发身体。并非不重的技巧,而是相比以上的目的来没有那么重要。以下打套路的目的

第一是展意念运的。因打套路要用意念,所以意念越来越大。太极拳中,「用意不用力」,意念非常重要。在北京,陈发科和是两位著名的功夫大,无人不,但陈发科老师说「不能击败一千大象」。陈发科老打套路,重比起功夫意念。太极拳被连绵不断的,特将意念用到连绵不断之中套路十分重要。

第二是锻炼和开发身体的。这意思是练内劲,其中练缠丝劲和混元球尤其重要首先练以外带内,然后转变为以内带外。具体地说,越练套路越成内部。内部的意思是内气(混元气)和劲道。内部变化了之后,以内动带外劲出现。因为混元太极拳尤含有很多缠丝内功,所以练套路同时,缠丝劲自动获得了。

第三是运动气的。因为打套路时意念动作,气随着意念运动而自然运动。就像经常说的「意到气到」,以上气的运动只是意念动作的结果而巳。这意味着打套路时不需要特别注意气的运动。而陈式太极拳有一个密传的练气方法。

第四是技击的技巧的。


以上是一般的打套路的方法。关于二路套路中所谓的发力又称作炮捶。打二路也有陈式的密传方法。我听说冯志强老师也听从陈发科老师指导练二路了。有一天,我跟冯老师打二路时,其他陈式门派的人路过。我吃惊于冯老师突然停止了打二路。我推测原因就是冯老师要保护密传。

太極の掴み方

太極拳はまずは太極を把握する事が重要です。
推手はそれを把握する為のものだと言いましたが、それには下準備が必要です。
どういった下準備かというと心を無にするという下準備です。 相手の心が陰陽に分かれる前に把握するには相手の心が手にとるように分かる事が必須です。相手の心が分かるには自分が念を出さず、一切の念を捨て去る事が肝要です。それには站椿功の際に意念を丹田に集中する事によって一切の雑念を捨てるのです。それでも念は出てきますが、これは吐く息と共に捨て去るのです。 太極混元内功は動功と静功を繰り返し行いますが、正にこれは静功の集中力を上げる事ができます。ただ静功だけを行った場合は一旦念が出始めるとなかなか止めるのは難しいですが、動功から静功に移るときは殆どの人が念を出さずに集中できるように出来ています。このようにして下準備が整えば太極の把握は容易になるでしょう。当会では站椿の最中に私が各人の前に立ち、意念で相手の丹田の気を引出します。引き出された人は前によろけるように動きます。しかし、もし丹田に意識が集中していて雑念が出ていないなら気を引き出される事がなく、前によろけるように出てくる事はありません。

2016年11月10日木曜日

推手の練習方法

推手の練習方法と目的について述べてみたい。

推手は手が触れ合う事から皮膚から多くの情報を得る。 この情報を基に力を使う事なく相手の力を無力化する事(これを化、中国語の発音はファー)を目的とする。力を使わない事によって徐々に感覚が鋭敏になってくる為、僅かな動きでも察知できるようになる。 相手の勁を聴く事からこれを聴勁といいます。

第二段階としては勁が出る前にさかのぼって意が出る時を捉えるようにしていきます。。通常人は心が動き、意が動き、身体が動くという順になっている。第一段階では身体が動くとそれを察知するが、第二段階では意が動いたらそれを察知して対応する。この段階では心や意が動いた事が分かってもこちらの対応が遅れ結局は相手の身体が動いてから対応する事もあるが、その場合でも上記第一段階よりも早く相手の動きを察知しているので余裕を持ってさばけるようになる。この場合こちらの手で相手の手をさばく事になるが、こちらの意を触れている部分に持っていかず、常に全体を捉えている事が肝要です。又うまくいって意が出てきた段階でこちらの意でさばければこちらは殆ど力を使う必要が無い。

第三段階としては相手の心が動くか動かない所で察知する。即ち陰陽が分かれる前ではあるが、陰陽が分かれるその機を含む状況、これ即ち太極である。 これを把握する事が求められる。
そうすれば常に後の先を取れるのである。この第三段階を経て組手(散手)に入っていく次第です。この太極の把握に関しては項を改めてもう少し詳細に述べてみたい。

このようにして推手を散手の前段階の練習として位置づけ練っていくものです。
従い、もしこの推手を試合として行った場合、こちらも相手を倒そうと意が出てくる事になりますが、そうした場合もし相手が心を澄ましこちらの意を捉えようとした場合負ける事を意味します。従い、試合として筋トレをして相手を倒しても全く意味がありません。散手となれば一発で倒される事でしょう。あくまで太極を掴む事が推手の目的です。従い、勝とうとしない事が非常に大事でそうすれば相手の太極が掴み易くなります。結果として勝ったとしてもその勝ち方が重要になります。太極を掴んで勝ったのかどうかが問われるのです。

私が馮志強老師に太極拳で強くなるにはどうしたら良いかと、ある時にお聞きした事があります。
その時の回答は散手をやる必要がある。散手は千変万化であると。但し、その前に十分推手を行う必要があると言われました。この意味は今では皆さんもお分かりですね。上記のように散手の準備としての推手をやれという意味でした。推手が目的の推手では全く意味がありません。
当会では推手を攻める側と守る側に分けた推手もしています。但し、守る側は相手が攻めてきた瞬間だけは攻めても良いというルールで練習しています。そうすれば守る側は心を静かに研ぎ澄まし、相手と一体とならなければ太極が掴めない訳です。これを自由推手の前段階と位置づけ練習する事によって誰もが太極を掴む事に専念できる訳です。


2016年10月27日木曜日

混元24式の仕掛け

混元24式に隠された仕掛けに気付くのは中級以降になってからとなります。
陳式太極拳に関する知識が無い人の為に説明すると陳式は比較的ゆっくりと柔らかく練る一路と発勁(中国では発力と言いますので以後発力とします。)を行う二路の2種類の套路があります。一路で力を蓄積し、功夫と呼ばれる力を徐々に身につけていきます。二路では一路で身に付けた力を爆発させて使う発力を多く使用します。この混元24式は一路をベースにしているというものの発力をさせる箇所が数か所あり、力が蓄えられると発力を行う事ができるようになっているのです。これは初級から中級にかけて通る一つの関門と言えるでしょう。 
その後中級になってから分かる仕掛けが纏糸の動きです。この套路には陳式太極拳では中級以降学ぶ纏糸内功が多く含まれているのです。纏糸の動きは陳式太極拳の特徴の一つで、多くの人は螺旋の動きと誤解しているものです。纏糸の力である纏糸勁はある程度内功を積まなければ出来ないものです。ある程度内功が伴ってくると中から(丹田から)力が伝わってくるのが実感を伴って理解できるものです。従い24式を練り続けていくと纏糸勁がでる部分が徐々に理解できるように編纂されているのです。 一つの套路でありながら段階を経て理解できる部分が違っており、末長く味わえる套路となっているのです。 陳発科老師の工夫が全て注ぎ込まれている套路だけあって、これらの仕掛けに身体が気付き始めると流石は凄い套路だと感動をもって理解できるのです。
馮志強老師は混元24式は初級から始めるが簡単な套路では無いと常々言われていました。その意味がかなり後になって分かった私ですが、その一つが上記内容です。

2016年9月5日月曜日

陳家溝との交流

馮志強老師は陳式太極拳の嫡流陳発科老師の関門の弟子でその功夫、技芸を継いだ人物として知られていましたが、陳家溝から陳式宗家の陳発科の陳式太極拳を学びたいので教えて欲しいとの懇願があり、馮志強老師は都合2回会社に休暇依頼を出し、自費で陳家溝に行きました。 その際に後の陳家溝の四天王を指導したと聞いています。その後、陳家溝の四天王が北京に来られる際には北京でも指導したとの事です。 特に王西安老師は馮老師を慕われており、北京には度々来られており、中国の正月の春節には御挨拶に来られた事もあり、馮老師からお話をお聞きした事があります。従い、王西安老師には混元内功の一部が伝わっているように見受けられます。
又、馮老師も王西安老師は功夫があるとかわいがって居られました。馮老師の高弟である陳項老師からも、張兎飛老師からも王西安老師は功夫があるとの話を聞いた事がありますので、恐らく馮老師のお話の受け売りではないかと推測されます。
馮老師からお聞きした王西安老師の話としては、ある時王西安老師が雑誌か何かで自分は馮老師の弟子とか書かれたので電話して、それは困るので取り消すように言ったと言われていましたが、怒っている風でもなく、寧ろ可愛がっているようすでした。
ある春節に私も偶々北京にいたのですが、王西安老師が弟子と伴って北京に来られて馮老師に新春の挨拶に来られ、その際に厨房で魚の料理を自ら作って出されたとお聞きした事があります。その時は馮老師もお喜びの御様子でした。

2016年7月14日木曜日

陳発科に伝わる陳式太極拳(改定2)

北京で陳式太極拳を広められた陳発科老師に伝わる陳式太極拳とその他の陳式太極拳には少し違いがあるように思います。
因みに名人陳発科老師は陳式太極拳を代表する人物で陳家の嫡男でもありました。従い、正嫡である発科老師の陳式太極拳とは違う陳式太極拳が現在一般に流布しているように思われます。それはそれで非常に良い事で異議を唱える積りは全くありませんが、ここであまり知られていない陳発科の陳式太極拳を改めて示す事は両者の違いを知って貰う意味でも後学にとって意義のある事かもしれないと思い下記に少し例を示してみたいと思います。


1.単鞭は親指、人差し指、中指で作り、親指を立てて人差し指、中指を被せるよう
  にするのが、北京の陳式で親指が心臓、人差し指が肝臓、中指が脾臓を表し、そ
  の3つが合わさるようにする。これは陳発科の北京陳式のやり方であると馮老師から
  教わったもので、特に他の陳式とは異なる方法。この単鞭を見れば北京陳式かどうか
  が判別できるもの。


2.掩手肱捶は一本の線のように打つのが発科老師の陳式であるが、その他の陳式では肘
  を外に出して打つ振り打ちとなっている。これはこれで別の用法もあっての事と思う
      が威力という面では振り打ちの威力は真っ直ぐに出す打ち方と比べると劣る事にな
  る。これは偶々馮老師のお宅にお邪魔した時に掩手肱捶に関して質問した時に実際見
  せて頂き、且つ丁寧に説明して頂いた。陳発科老師は銃の弾のように螺旋に回転させ
  て打つように言われたとの事。又肘は外に出さず、真っ直ぐ先に出た拳と重なるよう
  に打つように言われたとの事でした。陳家溝の陳式は陳発科老師の甥の陳照丕先生の
  陳式が元になっているので、同先生の工夫があっての事と思うのでどちらが良いとか
  の話ではありません。
  参考迄に馮老師の掩手肱捶に関する解説がYOUTUBEに挙がっているので御覧になっ 
  て下さい。(https://www.youtube.com/watch?v=p8B9YyaDSCk)
 

3.金剛搗捶は発科老師に於いては挟み撃ちであり、右の拳で左の掌を打つが、そ   
  の他の陳式では右手の甲で左の掌を打つ事となっている。


4.発科老師は斗劲(とうけい)は陳式太極拳では無いと言われており、その意味は
  陳式の本質を構成する主要な要素では無いと解釈している。北京の公園でもや
  たら斗劲を使って表演しているのを良く見かけたが、発科老師の全伝を受けた馮
  志強老師の混元の套路では一切斗劲を使っていない。寧ろ斗勁を嫌って居られたふし
  があります。


陳発科老師は次男の照奎をかわいがっていたと言われていますが、照奎老師はよく訪れたある地域でも発科老師の套路を新架式と呼ぶのはおかしいと常々言われていたとの事です。発科老師は陳式の正嫡なので、発科老師の套路が老架式と言うべきと。この話と符合するのは馮志強老師も陳発科老師の套路を老架式と言われていました。馮老師に新架式とは何かお聞きした時、この混元太極拳が新架式と言われていました。



2011年3月22日火曜日

唐跃新師兄について

唐師兄は18歳から馮老師についた背の低い、小柄な師兄で古参といってよい師兄でした。
2008年頃に亡くなりましたが私にとっては忘れられない人でした。

私が北京に駐在していた6年間は毎週日曜日は地壇公園に行き馮老師に太極拳を習っていました。
ある時古参の弟子が集まっておられた時、馮老師はその中の唐師兄を私に日本語で「唐さんです」と紹介して下さいました。
彼は刀がうまく優勝した事もあるとも言われていました。然し唐師兄はVCDの48式で摆脚跌叉をかっこよくキメていたのを見たことがあったので、既に知っていました。 

その後日曜日の推手で時々顔を合せましたが、ある時唐師兄から私に推手をやろうと声をかけて下さいました。
一般には推手の時はあちこちで自由に推手をするのですが、その時はなぜか皆が我々の推手を観戦していました。
その衆人監視の中でいいようにいたぶられ、投げられたのでした。
しかしそれ以降唐師兄は自分の事を先生と言って良いと言われ何時でも教えてあげるといわれ、また自分の生徒も私に引き合わせてくれたりして下さいました。
それは無口な唐師兄にとっては最大の好意でした。その後もお会いすると何かにつけ面倒を見て戴き、今も忘れられない恩人です。唐師兄ありがとうございました。

2011年3月21日月曜日

武術家の親子関係

先日馮老師の御自宅で雑談している際に陳発科老師の事に話が及び馮老師が何気なく陳発科老師は自分の子でも意に添わないと厳しく話もしなかったと言われた。
そうですかと話を流していると、陳照旭には近くにいても全く言葉を交わさなかったと言われた。
いつもではないとは思うが平生からそのような態度であったとの話があった。
陳発科老師には二人の息子があり、一人は陳照旭、もう一人が馮老師に後事を託された陳照圭で、陳照旭の息子が陳家溝の四天王の一人である陳小旺となっている。
武術となると我子でも特別扱いはしないものなのかと思った次第。考えさせられる話ですね。

2007年11月10日土曜日

架式の高低

 太極拳の架式に関しては様々な意見がありますが、馮老師は常々低架式で練習しないようにと言われます。

 低架式で練習すると長期的には身体を壊すと言われております。常に気が通るように円筒形を保つようにの事です。又あまりに架式が低いと会陰が開き、そこから気が抜けるとも言われます。これらは陳発科が馮老師に言われた事だという事でした。その昔馮老師が陳発科老師の教えを受けていた時に、架式が低いと身体に良くないという事を発科老師に厳しく注意されたと話されていました。現在多くの陳式で低架式で練られているのを見ると、これらの陳発科の教えは北京陳式の一部でしか伝わっていないのではと思われます。

 架式の話を馮老師としていた時に、ふいに話が発科老師の息子であった陳照圭老師になりました。即ち馮老師は陳照圭の事を発科老師から託されていたのですが、照圭老師は若くして亡くなってしまいました。この原因は照圭老師の架式が低かったからと馮老師は今でも信じて居られます。

 陳発科老師のお孫さんが北京で太極拳を教えて居られますが、功夫架と言って低架式で教えて居られる話を馮老師にした事がありますが、その時、馮老師はそのお孫さんに何度か注意した事があるが、話を聞かないと言われていました。

 また陳式の四天王の中にも低架式で練っている老師が居られますが、馮老師は同老師が膝の手術等をされたのも架式に問題があると見られています。同老師は四天王の中で唯一馮老師の教えを受けていない老師との事です。

 以上の話によって低架式が悪いとまで言う積もりはありませんが、馮志強の門下の人は以上の話を守って練習するのが良いでしょう。

2006年5月5日金曜日

「口伝」と「心授」(しんしょう)

 張老師との雑談の時です。同老師が言われるには拳が伝わるには「口伝」と「心授」があるとの話をされました。所謂「口伝」は長年老師に就かなければ開示されないが、その「口伝」を授かって拳が伝わっていると思っている人が多いが、これは大いなる誤りで「心授」まで行かなければ拳は絶対に伝わらないとの話をされました。

 「心授」とはどういう事かと言うと老師と常に一緒に居る事により老師の考えが分かるようになりその結果として拳も伝わるとの事です。張老師は武漢では主として散手をやっており、太極拳を実戦では使えない拳と見下していたのですが、北京に来て馮老師に挑戦し、敗れてからは馮老師を師として太極拳を学ぶことになった方です。張老師は北京に来てからは馮老師の近くに家を借り、職業も時間の自由が利く職業とし、朝から晩まで馮老師にお仕えしたそうです。しかもその年月は15年の長きに及び老師の考えている事は自分が一番分かっていると自負されています。このお仕えしている間に「心授」が自然に行われたとの事です。所謂太極拳だけでなく普段の生活に於いて雑用も含め、老師のお手伝いをしていく中で、老師の太極拳に対する考えが伝わり、結果拳も伝わることになるのです。

 従い、現在日本では色々な講習会がありますが、最初にどの流派を選ぶかの参考にするのには良いのですが、講習会では「心授」は行われない事は上記よりお分かり頂けると思います。

 この「心授」が行われるのには老師の側でお仕えしなければなりませんが、実際老師は誰でも寄せ付ける訳では無いので、老師の信頼を得る事が肝要です。老師の信頼を得るには、最低良く練習する事でしょう。更には老師を尊敬し、武徳を培う必要もあるでしょう。これらの事がなされて初めて老師の近くに仕え、「心授」が行われる機会が与えれられる訳です。

2006年1月14日土曜日

気功と太極拳の関係

 太極拳は気功と武術の2面を持っており、気功の側から見れば太極拳は全て気功であり、武術の側からみれば太極拳は全て武術です。言い換えれば気功をベースとした武術とも言えます。

 胡耀貞の気功の本によれば気功には下記3分類されます。


  1. 築基功基礎となる気功で健康維持であろうが、病気治療であろうが、必ず練習しなければならないもの。この気功は各人の気を増大させる事になる。
  2. 分症功:各個人の体質、病状等により異なる方法を用いるもの。
  3. 保健功:健康維持の為に行う。各自の気を動かし循環させる事が主眼となる。

 気功からみた太極拳の套路は上記の保健功が中心の役割となっていますが、一方太極混元内功という気功は主として上記の築基功にあたり混元気(内気)の形成が早く行われます。但し、套路は混元内功と比べてスピードが遅いとはいえ築基の要素もあり、套路を数多く練ると混元内功を練るのと同様に丹田に混元気(内気)が出来てきます。この混元気が太極拳としての威力に直結してくるのでこの形成は非常に重要です。従い、馮門下では先ず太極混元内功を十分練り、太極拳の套路を行います。

 さて、ここで混元気がどうして威力に直結してくるのでしょうか?それには気と勁(透明な力)の関係を知る必要があります。即ち、気と勁は体と用の関係にあり、強大な勁を得るには強大な気が必要となってきます。従い、太極拳を行うものは内功(套路も含む)を練る事でこの強大な気と勁を獲得しようとするのです。

 では太極拳で必要としている気とは内気(混元気)だけでしょうか?実は混元太極拳に於いては外の気である外気?(造語)も必要となってきます。この外気とは気膜の事です。気膜は相手が触れる際に相手の力を無力化するのに貢献します。又良い意味での副作用として気膜が形成されると風邪をひきにくくなります。この気膜も混元内功で容易に形成されますが、套路では形成しにくい特徴があります。従い套路を多く練って内気はあり、拳の威力もあるが風邪をよく引く人を中国でも見かけますが、これは混元内功、又は混元内功に相当する内功が無い為に生じる現象と言えるでしょう。混元内功を一定の期間(3年が目途)練ってくると本当に風邪をひかなくなってきます。実際、馮老師及び馮老師の高弟で風邪をひいたと聞いた事、見た事が殆どありません。

 では現在馮門下で練っている混元内功はどこから来たのでしょうか。実は陳発科老師の陳式太極拳に伝えられている築基の内功と胡耀貞老師が伝える築基の内功を整理、編纂されたものが現在行われている混元内功という気功です。

 因みに混元太極拳では内気、外気を含む混元の一気を形成する事を一つの目標としています。

2005年10月30日日曜日

連綿不断

 「連綿不断」は太極拳の特徴の一つに言われています。太極拳と言うと楊式太極拳のゆっくりと一定の速度で動く太極拳を想像されるでしょう。この動きを「連綿不断」というのが一般的なようです。途切れる事なく連綿と続く動きということでしょう。

 実は私は馮老師の高弟の張老師の弟子の一人が動き、形は一見陳式心意混元太極拳(以下混元太極拳という)なのですが、馮老師の動きを見る機会の多い小生には同じ太極拳とは見えませんでした。理由はその弟子の外見の動きが「連綿不断」となっていたからです。その弟子には小生から、馮老師の混元太極拳とは違う旨の話をしたところ、張老師からも同じような話をされたと言っていました。

 どういう事かというと、小生が教わった陳式太極拳の動きは「松」「緊」が交互に現れてくるのです。即ち外から見た動きは緩急が交互に現れるといった具合です。この「松」の時は一瞬動きが止まったようになるのです。従い、動き自体は「連綿不断」とはならないのです。では勁の「連綿不断」かというとそうでもないのです。この事に関しては陳発科老師から一つの「口訣」が伝わっているので(この「口訣」はここでは開示できませんが)明らかです。では「連綿不断」ではないのかというとそうではありません。つまり「気」の「連綿不断」なのです。もっと言えば気を導く意の「連綿不断」です。これは非常に重要なので「気」が途切れると即老師から声が飛んでくるといった具合です。

 話は少しそれますが、小生が教わった陳式太極拳では套路以外の色々な功法でも松緊、松緊のリズムで練るものが少なくありません。従い、この点も今後皆さんが錬功される際にも注意されると良いでしょう。

 太極拳に関しては「これが太極拳だ」、「あれが太極拳だ」と色々言われる人が多く居られるので、小生は私が教わったもののみが太極拳だと言うつもりもないし、又ひょっとして私が教わったものが所謂「太極拳」ではないかも知れません。然しながら、小生は陳発科老師、馮志強老師と伝わったこの拳が非常に気に入っており、例え所謂「太極拳」でなくても全然問題が無いのですが、もし小生以外にこの太極拳をやろうとされる方が居られるなら上記の点は押さえておかなくてはならない重要なポイントです。

2005年9月19日月曜日

陳式心意混元太極拳に対する批判、疑問に答えて

  1. 混元太極拳は球や円の動きと言いながら手をぷらぷら円に動かしているだけじゃないのか?
     これは混元太極拳を行っている人を見れば半分くらいは当たっている批判です。しかし混元太極拳を行うにはまずは丹田に混元気を持つ事が必要で、それを短期間に養成する為に混元内功があるわけです。混元気があれば手の回転運動と混元気が同調して動くようすが実感として感じられるようになるでしょう。そうなれば手がぷらぷらと又はぴらぴらと動くのではなく勁が働いた動きとなり、外から見てもそれと分かると思います。このような状態であれば手(及び他の部位)の回転運動が混元気の回転を促し、又混元気の回転が手の回転を促し、球の遠心力と求心力が混元気を中心に働いていくのです。これは練る事により実感する事が大事です。練らずに外見だけみて判断するのは早計というものでしょう。
  2. 混元太極拳は実戦的ではないのでは?
     この問いを発する人は日本の武術練習によくある典型的なパターン学習に慣れた人です。即ちこの人達はこう言っているのです。混元太極拳は各招式の間に回転の動きや開合の動きがあり、色々な技がシンプルな形で存在しない為実戦では使えないのではという疑問です。この考えの背景には「色々な技に習熟し、対錬でのパターンを刻みこむ事によって技は使え実戦で役に立つ」という考えが前提にあります。これは柔道、空手共に色々な技を習熟するまで繰り返し、それらが相手との相対練習でパターン化させて使えて初めて実戦で使えるとの現実からくるものです。このパターン学習は色々な分野に及んでおり、日本人には学習する事イコールパターン学習という具合になってきています。
 然しながら太極拳においてはパターン学習より「陰陽」の方がはるかに重要です。この「陰陽」ですがこれは抽象的な概念ではなく実戦での相手の陰陽及び陰陽が分かれる刹那、これを太極と言いますがこの太極をつかむ事で後の先を取るわけです。これは推手で学ぶことも大きいのですが、套路の中でも陰陽を学んでいきます。陽の動きを無力化しつつ陰の部分を攻撃していきます。従い、防いで攻撃という2stepではなく1stepで行うよう訓練していくのです。この陰陽を感じる事が非常に大事な事となっています。

 もう一つは套路を空手等の型と考え、型は「技」を流れの中で練習するものでそれ以上のものでは無いと考えている事からくる批判です。然しながら套路は所謂上記の型ではありません。従い、「技」以外に上記のように「陰陽」を学びますが、もう一つは築気による「功夫」の養成です。「功夫」はある意味で技よりも重要ですが套路の中に回転の動き「混元の動き」や「開合」を加えているのはその功夫を短期に獲得する事にも大きく寄与しているようです。

 第3の役割は「意念」を鍛える事が套路の重要な役割となっています。「意念」を鍛える事により反応の速度が増すわけです。身体は放松ですが、意念がビシーと働いた状態で套路を練っていきます。その中で意念を鍛えていくのです。健康太極拳でよくあるのが意念が働かず散漫になり気持ちよさそうに套路を練っている人をよく見かけます。混元太極拳でもそう言った人が多いので人の事は言えませんが。ここは重要なポイントです。

 混元太極拳を批判する人は技に注目して発言されている人が多いように見受けられますが、上記より私の学んだ太極拳の実戦性は「技」以外に「功夫」「意念」「陰陽」によって大きく支えられているようです。

2004年6月29日火曜日

震脚に関して

 震脚に関して様々な見解があるようですが、馮老師からお聞きした見解を参考迄にここで述べてみたいと思います。さて我々の太極拳では震脚は基本的に行いません。それは震脚の衝撃が頭に跳ね返って悪い影響があるので行わないのです。しかしこれに対して中国のネット上の掲示板等で馮老師の太極拳はこれをもって陳式太極拳ではないとの話も出ていました。実は震脚に関しては馮老師が陳発科に聞かれた事があったのです。それに対する陳発科老師の回答は「震脚は松気(ソンチー)です。」との事でした。即ち分かり易く言うとファンソン(脱力した状態)した気が脚が下がると共に下がっていくという事です。決して踏みつけ無いという事です。従い、全く震脚しないか又は松気が下がるに伴いそれに任せて脚も下ろす事になります。この場合踏み付けなくてもファンソンが出来てくれば徐々に震脚の音が大きくなってきます。ただ最初の頃はファンソンも出来ておらず、今言った両者の違い(踏みつける震脚とファンソンの震脚の違い)も分からないので震脚をせずゆっくり脚を下ろすのが良いと思います。かく言う私もファンソンの震脚を時々行いますが、ある時ある人から「震脚が激しいですね」と言われた事があります。彼は私が思いっきり踏みつけていたと思っていたようでした。この点は傍目からは分からないいんだなと思った事があります。同様に発科老師も震脚が大きかったとの伝説がありますが、これを傍目から見た場合成る程陳式太極拳は思いっきり踏みつけるんだと誤解しても仕方のない事でしょう。

2003年11月14日金曜日

内功と套路に関して

 套路と内功に関して少し述べてみたいと思います。

 套路だけを練って居られる方はこれも内功と言われる人に出会いますが、これは間違いではないのです。套路も正しく練ると内功なのです。ではどうして陳発科老師から馮老師に伝わる太極拳では内功を強調しているのでしょうか?私の全くの私見ですが理由は2つあると思います。
  1. 焚き火の最初の火をつける役割
     混元気(内気)を得る事は非常に大事です。これが無ければ中身の無い太極ダンスとなりますが、この太極拳となっている方が非常に多いのが残念ながら現実です。最初に少しの混元気を得れば、套路をしても相乗効果が出てきて、ますます混元気が大きくなっていきますが、この最初の混元気を得る事が非常に難しいし、長い時間が掛かるのです。この点混元内功を練ると、この混元気を早く獲得できるのです。凡そ1-2年で自分で変化を感じられるくらいになります。そうなってくれば套路にも重さがでてきますし、威力も出てきます。もちろん内気があるので健康にも良い影響が出てきます。これは正に火がつきにくい焚き火で最初の火を付ける役割と似ています。最初は火がつきにくいものです。ここで止めてしまう人が非常に多いのと火が付いていない事に気づかずに続けている人も多いのです。
  2. 混元気を増加させる役割
     混元気を増大させる役割があります。この効果は套路でもありますが内功の場合その効果は一層大きいという事が言えます。これは馮老師の元々の内弟子は最初内功しかやりませんでしたが、套路を併用している人と比べても功夫が早く上がっているのを見ても分かります。
此れほど良い効果がある内功ですが、問題はあるのでしょうか?そうです一つあるとすれば動きが単調なので長年やっていると飽きやすいという事が言えます。2-3年もやっていると飽きてくるでしょう。これを克服して続けるのはちょっとした忍耐力がいるかもしれません。

2003年4月18日金曜日

失伝に関して

 今日は失伝に関して私が馮老師から聞いた話を元に話たいと思います。これはある時馮老師との練習の後、話題が胡耀貞老師の話になった時の事です。馮老師はいつも胡耀貞老師の事を神だと絶賛されますが、その時も胡老師を絶賛されていました。その流れの中で胡老師の功法に付いて言及されました。胡老師は本当に多くの功法をお持ちだったと言われていました。自分は胡老師から多くの功法を学んだ。自分が弟子の中でも一番多くを学んだと思う。でも自分が学んだ功法は胡老師の功法の約30%くらいだったと。即ち70%くらいは失伝したとの事でした。では他のお弟子さんは大体どのくらいの功法を学ばれたのですか?と質問すると約10%くらいだと思うと言われていました。成る程、流派ができる一方で、失伝もこのように生じているのかと感慨を新たにしました。最初は馮老師は胡老師の全てを継いだものとばかり思っていた私は胡老師の高い境涯に思いを致すと共に、馮老師でも胡老師に師事している間には胡老師のレベルには未だ距離があったのかと思ってしまいました。通常馮老師の教え方は学生があるレベルに達するとそのレベルに合ったものを教えるという具合に段階を踏んで教えていきます。これは当たり前と言えば当たり前ですが、馮老師もそのように胡老師から学んだものと推測されます。従い、馮老師も当時の胡老師のレベルから見れば未だ未だだったのかも知れません。ですからその時点で胡老師の全ての功法が学べなかったのでしょう。もう一つの解釈は他の功法があまり重要でなかった事も考えられますが、胡老師が色々な功法を持っておられた事を馮老師が知っていた事からも他の功法が無用ではなかったと思えます。この話を聞くまでは失伝というのは後を継ぐ人がいなかったから起こるものと思っていましたが、そうではなく師事している期間に師のレベルに達しないから起こるものも多いのかなと思い始めました。師はいつまでも自分の傍にいるわけではありません。偶々、何かの縁で知り合い、ある時間を一緒に過ごすだけなのです。その意味でも良い師に会ったならその時間を惜しむように練習し、自分のレベルを上げて師から多くを学ばねば失伝は起こるという事だと思います。もっとも馮老師の場合は練習を怠ったものではなく、胡老師が突然居なくなった事により、胡老師から学べなくなったのです。胡老師はある時文化大革命が起こる事を予知し、その話を馮老師にされ、自分は田舎に行って暮らすと言われ突然居なくなったとの事です。

2003年3月22日土曜日

「漂(piao)」と「沈(chen)」

 太極拳では身体がふわふわと浮いた状態を「漂」と言います。「漂」の状態の場合、太極拳では「花架子」または「花拳繍腿」と言って要はカッコばかりで力が無いと言う意味で、これらの状態を嫌います。この「漂」の状態の場合、推手等でも簡単に飛ばされるでしょう。一方、時々有名な太極拳の先生が多くの人に押されても動かないというような映像を見た事があると思いますが、これは正に「沈」(正しくはこの漢字ではありません)の状態と言えるでしょう。これは少し触らせて貰えば分かりますが、非常に重たい状態にあります。このように功夫が出てくると「沈」の状態になってきます。こうなれば相手を崩すのも比較的容易になります。私も最初の頃この差に驚きました。この違いはどこにあるかと言えば、混元気(内気)の差にあると思われます。混元気が出てくると套路も重くなり威力も出てきます。ではどのようにして混元気を獲得するのでしょう。タントウ、套路、等色々な練習が混元気の養成に役立っています。然しながらこれらに内功を加えると格段に混元気の養成が速くなります。混元気の養成に重要な事は「松(ソン)」です。私の最初の師である朱老師はほんの数年で凄い功夫を得た人ですが、老師の套路は非常に滑らかで、且つ「松」となっています。こんなんで良いのかなと思える套路ですが、朱老師は種々思考錯誤の上たどり着いた結論との事でした。殆どプラプラやっているようですが、滅茶苦茶重そうにも見えます。本人は全然疲れないし、気持ちが良く、且つ功夫も非常に速く上がるので、馮老師の太極拳とは見た目は違いますがこれで行こうと思われているようです。馮老師の套路も表演の時は別として、我々との練習の時は非常に滑らかで楊式太極拳かと思える柔らかさです。内功以外にポイントは「松」が上げられる事は皆さんもお分かり頂けたと思います。功夫と太極の哲理を求める太極拳これが私の目指す太極拳です。なかなか道は長そうですが、奥が深く、やりがいがありそうです。

2002年12月14日土曜日

馮式太極拳と言われるが

 最近馮老師は46式等の套路を編纂されたが、その中に通ヒ等の技が入っており、ここまで来れば馮式太極拳だと言う声が聞こえてきます。その考えも分からないではありませんが、最近太極拳とは何かと考えるに技によってのみ規定されるのではないかと考えています。私も含めて多くの日本人の練習者はどんな技があって、どういう風に使うのかに多くの関心がいっているように思います。これは太極拳の技、これはXX拳の技といった具合です。然しながらこの考えはあまり当たらないのではないかと最近考えるようになってきました。これはどう言った事かというと、太極拳は一定の功夫の基礎の元、太極の哲理に則って技を載せていく、使っていくという事ではないでしょうか。例えば同じ技でも太極拳の哲理に則って使い、太極拳の勁の出し方で用いれば太極拳の技と言えるのではと思います。技は重要には違いないですが、もっと大事なのは『功』と太極拳の哲理の体現ではないでしょうか。私は以前空手をやっていましたが、今空手の技を使っても太極拳の技として蘇ってくると思われます。それは陰陽、虚実は常に意識されますし、勁の出し方も太極拳風になります。この技が載っているベースが非常に大事でこれを身に着ける事に注力すべきだと考えます。その後色々な技を覚えても、そのベースがしっかりしている(太極拳風になっている)と太極拳の技として出てくるのだと思います。太極拳のoriginalの技も長拳等の影響を受けていると思われますし、多くの拳の影響をうけている事は間違いなさそうです。その意味で太極拳の核心を求めるとすれば技の占める割合よりも太極の哲理の体現、功(練習による力)等の方が重要なのではと思います。ここで重要な落とし穴があります。小生のようなフルコンの空手から太極拳に転身して来た者にとって太極拳をやっている人は理屈をいう人が多いという気がしています。といっても小生がお会いするのは中国人が多いのですが。それは太極拳のバックにある太極の哲理のせいでしょう。多くの太極拳修練者は太極拳の哲理等を語っているのです。でも実際に手を合わせると理屈程でもないという人が多いのも事実です。これはどういう事かと言うと哲理を書いた本は多くあります。又単に套路の順番、解説に終始した本もあります。然しながら練習の方法を書いた本は少ないのです。これは非常に意外な事ですが事実でしょう。太極の高みにいく方法が抜けているのも通常の分野では珍しい事です。これは太極拳の練習が伝統太極拳の間で秘伝となってきた為か、もしくは日本で習う人の多くが太極拳の練習は套路を規定通り行う事という潜入概念がある為それ以外の方法を受け付けないのか、あるいはその両方かです。実際驚くのは太極拳の教室で套路をやらないと練習生があまり興味を示さないという話を聞いた事もあります。套路を練習しにきたのか太極拳を練習しにきたのかわからない状態です。もちろん套路は太極拳の重要な一部ではありますが、練習方法を生徒が決めるのも変な話です。ここにも練習方法の軽視が見られます。しかしこれが一番重要といっても過言ではありません。その意味でも中味のある太極拳を知っている先生に会われたなら、先生の言われる通り練習する事が重要です。

2002年8月24日土曜日

松(ソン)と軟(ルアン)

 私は主として中国で太極拳を覚えあまり日本の太極拳を知らないけれど、日本と中国を比べると功夫が上がる速度が中国の方がかなり速いとの印象を持っている。北京の地壇公園にある馮老師の太極拳の活動センターには多くの一般生徒が練習しているが2年もするとかなりの功夫を身に着けている人を多く見かける。一方日本では功夫の上がる速度がかなり遅いように思われる。その原因の一つがここに挙げる松(ソンといって脱力した状態で放松ともいう)と軟(ルアンといってグニャグニャとやわらかい)の問題ではないかと見ている。即ち日本人の太極拳はくにゃくにゃして「軟」ではあるが、必ずしも「松」になっていない人が多いような気がしている。従い見ていると「軟」ではあるが未だ硬い(言葉の矛盾ではあるが)、即ち「松」になるべき箇所が「松」になっていないのではないかと思える。私の錯覚かもしれないがこれが功夫が上がる速度に影響しているのではないかと思われる。私の友人でやはり台湾で太極拳を習い日本に戻ってきたSさんがいますが、ある時Sさんが日本の太極拳は放松を言い過ぎると言っていた事があります。私はその時はその真意を掴みかねていました。即ち「放松」は非常に大事で、いくら強調してもし過ぎる事はないと思っていたからです。多くの人が「放松」が十分でないために築気が行われず混元気がなかなか充実して来なかったりするものです。しかし最近になってSさんの意図は「放松」を強調し過ぎるから「軟」となっているだけで拳法としての威力が感じられないという事が言いたかったんだなと一人納得している次第です。この両者は似ているようで全く異なり、多くの人が「松」のつもりが「軟」になっており、内気の充実、内気の膨張感が得られない状態に陥っているのではないでしょうか。

 偉そうな事を言っていますが、斯く言う私も「松」が十分でなく長い間苦労しました。老師と同じように套路を練っているつもりが、師兄弟からはお前のは太極拳じゃないとよく言われました。動きは同じなのにどうして太極拳と違うと言われるのか全く理由がわかりませんでした。今思えば、当時は放松が十分でなく、且つ勁も違っていた(勁がでていなかった)のでしょう。この辺が太極拳の難しい処です。外見が同じに見えても中身が全く違うという事があり得る訳です。それ故きちっとした老師に付いて習う必要があるのです。きちっとした老師とは中味のある太極拳を理解している人です。さもないと全く違う方向に走っているという事になりかねないのではないでしょうか?日本で習う場合多くの人がきちっとした老師に付いていない為かかる過ちを犯しているケースが多いのではないでしょうか。特に習い始める最初の頃が非常に大事だと思います。この習い初めの情況により、それ以後の上達の速度がある程度きまるような気がしています。

2002年4月16日火曜日

陳発科と陳式心意混元太極拳(2016 11/14 更新)

 馮志強老師によれば、陳式心意混元太極拳は自分が創ったと言われていますが、これは自分が創ったものでは無いと言われました。これには実際私は腰を抜かす程驚きました。北京陳式の間でも陳式心意混元太極拳は陳式太極拳というより楊式太極拳に近いという話が漏れ聞こえてきていました。陳発科は陳式太極拳はより高い次元に入ると混元(球の動き、回転運動)の動きになるとの事で、晩年は動きが益々丸くなっていったとの事です。この陳式太極拳を陳発科老師は都合7回変えたとの事です。その具体的変遷も馮老師は見せて下さいました。7回の内4回は陳発科老師が自分だけで変え、残りの3回は胡耀貞老師と相談、研究の上3年かけて変えたとの事です。従い、この7回の変更が現在の陳式心意混元太極拳の基礎となるものです。更に、発科老師は一つ、一つの動きに混元の動きを加味していくよう馮老師に指示をされた由。この指示に基づき馮老師は更に7回変更を加え、現在の形になっているのです。言い換えれば、陳家伝来の物をベースに陳発科と胡耀貞が研究の成果を反映して出来たものが陳式心意混元太極拳と言えるでしょう。しかもその大半は陳発科老師が自ら変えたものです。例えば金剛捣碓は立円になっていますが、これも陳発科老師が気の流れを鑑み変えたものだそうです。しかも現在の形に至るまで2回の変遷を経たとその変遷を馮老師は示されました。私の理解では丹田の混元の動きと纏糸の勁をうまく組み合わせて、それに意念の開合も加えた陳式のエッセンスを贅沢に盛り込んだ套路と言えるでしょう。

 ここで疑問になるのは馮老師自身が80年代初めまで混元太極拳をやっていなかったとの証言が師兄弟からありますが、御自身は練習されていたが、世に出す時期ではなかったのと、教える生徒の水準の問題もあるとの事でした。今は基本的に初心者から混元太極拳を教えていますが、人によっては簡単な動作から教えておられるようです。

 もう一つの疑問は馮老師の師兄弟が混元太極拳を練習していない事です。これは陳発科老師がこの太極拳を皆に伝えた訳ではないとの説明でした。ある弟子には変更した全てでは無く一部だけ伝えたとも言われていました。

 従い、混元太極拳は馮老師の尊敬する陳発科老師と胡耀貞老師のお二人がその基礎を創られ、馮老師が両氏の指示に基づき、その延長線上に発展させた太極拳と言えるでしょう。
ある時馮老師が旧来の一路を練習していると陳発科老師が馮老師に後戻りする必要は無いと言われたとの事です。又陳発科老師はこの拳を上乗の太極拳と言われていたそうです。もちろん他の太極拳は他の太極拳で独自の良さがあり、自分のみを良しとする事が無いよういつも馮老師が戒められていた事なので誤解なきよう。

【大意】
陈发科老师研究7年,改了7个地方。之中3个地方,陈发科老师和胡耀贞共同研究3年而改善了。这个7个修改的陈式太极拳是现在的混元太极拳的出发点。

后来陈老师去世之前,他要求冯志强继续修改陈式太极拳。具体的话,各个招式中间插上混元的动作。按照这个指示,冯老师改了7个地方。所以,一共有14个地方修改了。

2002年2月3日日曜日

北京秘話(大成拳vs陳式太極拳)

 これは実際その場にいた人から聞いた話なのですが、昨年か一昨年に亡くなられた王選傑と馮老師の話です。この王選傑という人は意拳(大成拳)の名人の言われた王向郷の弟子で意拳を名乗っている人達とは別に大成拳を名乗っており、師は同じ乍らお互いの交流は無いとの事です王選傑は実戦に長けているという事で知られており、大成拳に関する著述もあるようです。ある時北京の民間武術家の各流派のトップが集まる会議がありました。民間武術家とは所謂体育委員会に属さない、伝統流派の事です。この時に、居並ぶ各流派の御偉い方を前に、王選傑氏は「北京の武術界には名師はいないようですね」と発言された。この意味する処は北京には強い武術家はいないとの事。一瞬会場はシーンと静まりかえったとの事です。誰も発言する人はいなかったようです。それは王老師が実戦で有名なので、触らぬ神に祟りなしと思ったのか、あるいはそれに反論するのは大人げ無いと思ったのかわかりません。その時馮老師が立ち上がり「試しますか?」(中国語では試一試(口馬)と言われた由)と言われ皆ギョとしました。正に一触即発の事態です。周囲の人間が一斉に止めに入ったので結局戦いにはならなかったとの事でした。それ以来王老師と馮老師はあまり仲が良くないとの話を聞いています。

2001年12月31日月曜日

功夫

 太極拳で大事な物はなんでしょう?私は太極拳の套路を練習する際によく馮老師にそのワザの使い方を聞いたものでした。その意図は太極拳の套路を練習する際に意念が働かず"散"となると言われたので各技の用い方を聞き意念を用法に合わせ集中できるようにしたのでした。これはこれで間違いではないのですがある時馮老師が一番大事なのはであると言われました。功は功夫と言い換えてもよいと思いますが要は内功を練る事によって出てくるパワーです。功・胆・技巧(ワザ)の順に重要で特に最初は功を練る事が重要であり、これが無ければ技が役に立たない結果となるとの事でした。さて功を練るにはどうしたら良いのでしょう。道は沢山あります。ただひたすらに套路の練習を繰り返す人もいるでしょう。それはそれで間違いではないのです。例えば名人と言われた陳発科老師は一日に一路(83式)を30回練習したと言われています。しかし私は皆さんに套路を練る事以外に太極混元内功を練る事を特に強くお勧めします。その理由として下記が上げられます。
  1. ある時功夫をつけるのにどの様な練習を行うのが一番早く身に付くか馮老師にお聞きした時に太極混元内功を行うのが良いとの話がありました。この内功は馮老師が編み出した所謂秘伝と言われる類のもので事実最近迄一般の人には公開されない類のものでした。即ち通常名をなすには単に多くの時間練習しているのでは無く(実際多くの時間練習している人を沢山見てきましたが、真の功夫を身に付けている人は少ないのが実感です)何か人に無いブレークスルーがあるというのが私の考えですが正にそれが太極混元内功であるのです。皆さんよく考えて下さい。受験でも、仕事でも競争で負けない時には、その人の努力もさる事ながら何か他の人とは違ったやり方、即ちブレークスルーがある場合が多いとは思いませんか?
  2. 馮老師は高い功夫がある事で名を知られているものの、所謂太極拳の専門家ではなく、北京の電気会社に勤めておられて技師として最高の八級まで取られた経歴をお持ちです。在勤当時は技師としての腕前も相当なものであるとの話を馮老師の職場の元同僚から直接聞いた事があります。但し、数人の人を除いては馮老師が太極拳を使えるという事は知らなかったそうです。即ち練習に割ける時間は自ずと限られており、その短い時間の中で功夫を身に付けられたという事実です。元々太極拳は陳家溝で行われていたのですが、昔は農閑期にはひたすら練習したとの話です。その様な練習量の中から名人、達人が出てきたのでしょう。現在では太極拳の専門家の中からやはり名人、達人が出てきていますが、この点で馮老師は我々の多くと同じでアマチュアあがりの太極拳家なのです。従い、その中で生み出された練習方法は比較的仕事を持っている我々一般人には合っていると思われる事です。
  3. 私自身北京では太極拳を練習している多くの人と交流がありましたが、推手の真似事等をして感じたのは自分自身割と早く功夫が付いてきているなと感じた事でした。勿論私のレベルは低く、入門のレベルに過ぎないのですが短期間にレベルが上がってきたとの実感は持っています。私は日本の太極拳を良く知らないのですが、功夫を重視する太極拳というのがもしあまり普及していないのなら、これを機会に太極混元内功と陳式心意混元太極拳を練習されるのが良いと思います。又功夫を重視する太極拳が既に普及している場合でも、ちょっと本太極拳を覗いてみる事が今後の参考になるかもしれません。時々一般向けに講習会を開き、皆さんに紹介していこうと思っています。

2001年7月1日日曜日

真功夫Ⅱ

真功夫Ⅰの続き以下の通りです。

「今敢えて功夫は問いません、拳を正確に打つ事ができれば上出来です」

記:
皆さんは太極拳の真功夫は失伝したと思いますか?
孫:
孫式太極拳は私の後は終わりでしょう。
呉:
この可能性はあると思います。と言うのは腕前は人の体を通して表れるし、真功夫を掴んでいる人は益々少なくなっているからです。民間武術は現在滅亡の危機にあります。最大の問題は学んでも使う場面がない事です。過去民間武術は多くの使い道がありました。例えば拳を教える、ガードマン、公の御用、最低でも世の中で香具師、旅芸人になる手もあった。
現在は実戦の拳を学んでも表演で金メダルを取る事もできず、全く使い物にならない。
清末の民国初期に李瑞東という先輩がおり、人は「鼻の李」と呼び北京、天津一帯では名を馳せていた。晩年に彼は自分の会得した物を三種類の太極拳、即ち天盤、地盤、人盤として著し、又器械に関しても著した。但し、時代が発展するにつれ現在その太極拳を練習する人は多くないと思う。只人盤太極拳又の名を五行錘はまだできる人はいるだろうが天盤、地盤太極拳は恐らくできる人はいないだろう。
馮:
太極拳に限らず武術としてみた場合どれもこれも失伝はあるでしょう。というのは拳架上ではなく功夫上も失伝はあるでしょう。拳架の事はまだなんとかなるが、功夫上の事は対処するのが難しいと思います。現在功夫は失われつつありますが表面的には発展しています。
例えば見ばが良くなったり、来ている衣装も良くなっており発展している。
2人のドイツ人が私の下で太極拳を学んだ事があるが、一つの動作を彼らは一度に数百回練習したりする。もちろんうまくできなければあきらめません。タントウも毎日2時間行う。
我々中国人はそれ程苦労して功夫を練ったりする人はいない。外国人は中国の功夫が良いのを知っているので一所懸命学ぶ。我々は努力して学ばねば、将来は…。
王:
趙堡太極拳は代々村の中で継承されてきており失伝はありえない。但し、以前は武功があった人は死ぬ前に弟子の中で優秀な弟子を選び秘伝を伝えた。もし、師が死の直前に秘伝を教えるのであれば中国の太極拳は危険な状況にあると言わざるを得ない。
李:
そんな事はないでしょう。必ず愛好者はいます。
游:
失伝する事は有り得ないでしょう。中国の文化は五千年の文明があり、秦の始皇帝はかつて焚書坑儒を行ったが中国の文化はやはり保存されてきた。文化大革命の期間も又一度文化は災難に会ったが現在この文化の本質的な部分は完全に守られてきた。
楊:
そのような事は無い。学ぶ人はいるが、一人おれば一人に伝え、二人おれば二人に伝える事ができる。あなたはまた功夫は違うと言うのでしょう?現在は功夫は議論せず拳が正確にうてればそれだけで立派なものと言うべきでしょう。
国家政府部門が中国伝統太極拳の管理情況を理解する為、記者は国家体育総局武術運動管理中心主任の李傑を取材した。

記:
武術管理センターは中国伝統太極拳を扶植する事ができますか?
李:
私は各省市が現在斯様なお金を割り当てる事はできないと思います。何故なら伝統武術の研究は目下の処重点項目に入っていないからです。現在武術をオリンピックのアイテムに入れる事が焦眉の急となっており、どの拳種を重点として研究するかといった事に割く精力はありません。と言うのは拳種が多すぎるからです。資金上は現在競技太極拳ですら不足しているのに、どうして伝統武術を研究する資金があるというのでしょうか?
記:
では中国太極拳の真功夫は失伝していまうのでしょうか?
李:
心配はいりません。伝統武術は絶対失伝しません。只、新しいものが出てきて元々の物は失われていくでしょう。もし元々の物が失われれば即ちそのものが存在する価値がなかったと言えます。
21世紀はわれわれの子孫、後輩は真の太極拳の功夫を見ることができるでしょうか?又外国人は太極拳の真功夫は中国にあり決して他に移る事がありえないと考えているでしょうか?我々世紀を跨る中国人はこの時期にあたり何をできるでしょうか?

2001年6月16日土曜日

真功夫Ⅰ

 中国の北京青年報でかつて主として伝統式太極拳に焦点を当て、中国太極拳の真功夫(修行による真の威力)は失われてしまうのか?との記事があったのでここに翻訳の上掲載し、皆さんの功夫を考える一助にしたいと思います。

中国太極拳の真功夫は失伝してしまうのか?
(北京青年報1998年11月13日より抜粋)

「太極拳は中華民族が人類に対し行なった5番目に大きな貢献である」

 太極拳は中国の国粋であり健康、護身、修身が一体のものである。アメリカの宇宙飛行士も太極拳を空中での重要な健康維持方法と見なしている。第5回中国永年国際太極拳聯誼会組織委員会秘書長のJU金禄のは以下の様に述べている。「太極拳は中華民族が人類に対し行なった5番目に大きい貢献である。」解放以後国家体育委員会は専門家を組織し、簡化太極拳(24式太極拳)、32式太極剣、48式太極拳、88式太極拳を編纂した。又1989年には太極拳競技套路、太極剣競技套路、楊、陳、呉、孫、の4式太極拳の競技套路を編纂し、太極拳の普及及び試合の規格化に意義ある仕事をした。然し乍ら中国の民間には数百年来伝わって来ている各流派別の伝統太極拳が存在する。正に国家体育総局武術運動管理センター主任李傑氏が言われるように「競技試合と伝統套路は別物であり、太極拳の真功夫はやはり民間(伝統太極拳の事)にある」

 今月16日は鄧小平の題字「太極拳好(太極拳はすばらしい)」の20周年記念日です。中国の伝統太極拳の発展は如何にあるべきか。最近弊新聞社の記者がこの問題を携え中国主要伝統太極拳流派の下記7名の名家を訪問しました。
  • 孫式太極拳の創始者孫禄堂の娘、北京孫式太極拳研究会会長孫剣雲(85歳)
  • 楊式太極拳の創始者楊露禅の曾孫、邯鄲市楊式太極拳協会会長楊振基(77歳)
  • 北京陳式太極拳研究会会長馮志強(70歳)
  • 武式太極拳第5代伝人、<武魂>雑誌編集委員呉文翰(70歳)
  • 北京呉式太極拳研究会会長李秉慈(69歳)
  • 趙堡太極拳第15代伝人王海洲(53歳)
  • 武当道教武術院院長游玄徳
記:
現在流行している制定太極拳の24式、48式及びその他競技用套路と伝統套路との違いは何でしょうか?
呉:
制定24式は伝統套路を簡略化したもので、大体一週間で学べる。伝統套路と基本的に形は同じではあるが、内在しているものは多くが異なる(内在的東西很多是不同的)。24式は大体において楊澄甫の楊式太極拳を基にして編纂したのものであり、技撃を考慮せず容易に学べる事を主眼に編纂されている。即ち目的は真功夫を教えるのが目的ではない。一週間で真功夫が学べるなら神業と言わざるを得ない。競技用套路に関しては武術選手は健康を目的としてではなく、又技術を目的としてでもなく表演(EXHIBITION)、即ち動作がきれいという事を目的としている。例えば左右の足上げの時足を大変高く上げる、鳥の羽根の如くあげる。昔の老武術家は一人としてこのように足を高くあげる人はいなかった。楊澄甫でもその様に足を上げる事ができるようには鍛えられなかった(太極拳の技術上から見れば足を必要以上に上げる事は容易に自身の平衡をくずす事になる)。
「あなた達は以後拳を学ぼうとするなら日本に行き後藤氏につきなさい。」

記:
あなたの太極拳研究会はどの様な活動があるのですか?
孫:
別の研究会が出来た時に錦の旗を贈る以外に特に活動はありませんね。
李:
研究会といえば聞こえは良いが実際は活動をしていないのが現状。この12年来毎年多くて年に2-3回の活動をしている程度。
記:
あなたの生徒さんは何人くらいですか?あなたはあなたの先生の功夫を全て引き継いだとお思いですか?又あなたの生徒さんはあなたの功夫を全て引き継いだとお思いですか?
孫:
入門した生徒は約100名です。太極拳を職業としているのはおらず全てアマチュアです。
私の弟子の中で日本の後藤氏は一番良いと思います(今年後藤氏が中国に拳を学びに来た時孫剣雲老師は彼女の中国の弟子達に「今後あなた達が拳を学ぼうとするなら日本に行って後藤につきなさい」と言ったとの事)。研究会が何人いるかはわからない。今、多くの人は私の所まで来ないから、よくわからない。私は老先生(孫禄堂)の功夫をほんの少し、十分の一、二を引き継いだが私の生徒で私が得たものを全て引き継いだものはいない。
呉:
本当に私の弟子と言えるのは10人に満たない。私と私の先生との差は非常に大きい。以前は拳を学ぶ者は功夫を大事にしたものだ。又、技撃を中心に据え、私の先生は相手を一丈程ぶっ飛ばす等全く問題がなかった。原因は彼は練習する時間があった。彼は御母堂がなくなった時は2-3日太極拳を練習しなかったが、結婚の時も太極拳を練習していたと言われている。私の弟子で私の太極拳の全てを引き継いだものはいない。私の半分を引き継げば立派と言えるでしょう。
李:
生徒はそんなに多くはいません。ずっと続けているのはせいぜい100人でしょう。実際上国家が編纂した制定太極拳を練習している人が多く、伝統式太極拳を真剣に練習している人は多くいません。このように労多い伝統式を練習する人はいないでしょう。音楽があれば又簡単で良いでしょう。皆はちょっと練習してみてそれで十分でしょう。但し、本当に功夫を練るのはいないでしょう。中国武術は見た目は非常に普及しているように見えるが実際上その技術がすばらしいというのは殆どいないでしょう。私の先生の功夫を私は引き継いでいません。そんなにたくさん引き継げないでしょう。私の生徒で私の全てを引き継いだ者はいますがその人数は非常に少ないものです。
馮:
私が教えた生徒は数万人にのぼるでしょう。拳理が明晰で拳架が正確で技撃に精通していて初めて全面的に継承したと言えるでしょう。私の先生の功夫を全て継承すると言うのは実際上不可能でしょう。彼との理解も違うし、学ぶ時間も違い、学ぶ深さも違います。私の生徒は私のものを大部分引き継いだと言えるでしょう。
楊:
私は十数年来無料で拳を教えています。約7千人強の人達を教えて来ました。私は私の父の動作を変更せずにきました。私は彼の功夫及び彼の問題点を説明できます。但し、説明できる事と出来る事は違います。例えばこの手の技撃はどの様に使うか説明できますが、それが実戦でだせるかどうかは別の問題です。私の生徒で私の拳を全て継承しているものはいません。私は生徒に推手を教えた事がありません。練功している人間の功力がそのレベルに至っていないので推手を教える事はできないという事です。
游:
武当太極拳は過去は秘伝の太極拳と呼ばれていたものでした。私は門弟のみ教え門外不出を旨としていました。それは規則、慣しと言って良いでしょう。又は歴史や文化に対する一種の責任かもしれません。というのはもしあなたがある人に伝えたとして、それを受け継いだ多くの人達が大切にしなければ目もあてられないでしょう。祖先に対しても尊重しない態度と言えるでしょう。だから優秀な人を選んで伝えるべきなのです。現在私が経営している武術学校は80-90人の生徒がいます。
王:
私の弟子は少なくとも70-80人います。趙堡太極拳代々単伝され、村から出る事はありません。真実の物は全く伝える事ができません。息子の嫁には伝えるが、娘には伝えません私は趙堡太極拳の本を一冊出しましたが、その事に対する抵抗は大変なものでした。私の先生の会得したものを私は未だ完全に学び取っていません。八分の一も学び取っていないでしょう。但し、私の弟子の中には私より出来の良いのがいます。

2001年4月8日日曜日

太極拳の速度

 太極拳のスピードはどうしてあんなに遅いのか?又あんなに遅い速度で武術として使えるのか?との質問を度々受けるのでここに小生の考えを纏めておこうと思います。
  1. 太極拳のスピードはどうしてあんなに遅いのか?

    まず最初に太極拳は気功であり、気功を通じて威力を獲得するのです。この獲得された威力を功夫(コンフ)と言いますが、この気功はスピードが速くてはできない代物です。というのも気功は意念(強い意識)を使います。一つ一つの動作に意念を丁寧に使っていき、散漫な動作が無いようにします。こうして練っていけば気が全身に行き亘り健身効果が得られます。又武術的には意が鍛えられ意の強さが高められ、意の反応も高められると言われています。

    その次に太極拳は武術ですから力を獲得する必要があります。太極拳で使う力は勁と言って通常の筋力とは違います。通常の筋力は「拙力(zhuo li)」と言って排除されます。この勁を各招式で出していく訳ですが、この勁は筋力を使わず、丹田の力を使います。正確に言うと筋力は使わないのではなく、力の伝達としては使いますが、力を発する源としては使わないという事です。筋力が力を発すると丹田の力を発する邪魔になるので出来るだけ力を抜いてリラックスさせ(これをファンソンと言います)丹田の力を最初の内は絞り出すように発します。このように力を出す場合初期の頃は動きが速くてはこの力が出ず、踊りになってしまいます。ただ上級になってくると自然と勁が出て来るようになり、素早く動く方法で套路を打つ練習も行います。

    第三にこの勁をゆっくりと練り込んでいくと勁が徐々に大きくなってきます。即ち力が増大してくるという事です。従い、熟練者の套路は見ているだけでその勁の大きさが伝わってきます。逆に初心者の套路は勁が全く見えない場合が多いです。
  2. 太極拳はあんなに遅い速度で武術として使えるのか?
     太極拳のゆっくりとした速度はあくまで套路においてであり、実戦は又別物です。上にも書いたように太極拳は意念を鍛え、又推手等で聴勁も鍛えるので、相手の動きの察知も素早くなり、相手の動きが速ければ相手に合わせ速いスピードで動けるようにもなるのです。小生が教えて頂いた朱鋼老師は推手の時は凄く重く遅いのですが散手(自由組手の様なもの)では驚く程素早く動かれるのでビックリした事を覚えています。小生はそこまでの高いレベルに行っているとは言い難いですが以上が太極拳の速度に関する小生の考える処です。

2001年3月10日土曜日

站桩(ZHAN ZHUANG/以後タントウと読む事とする)

 太極拳を知らない方の為に説明すると、タントウとはやや足を曲げて(流派によっては大きく曲げる)て、念を丹田に置いて立つ(これも流派によって意念の置き場所が違う)所謂、立禅と言われる練功方法。

 伝統太極拳ではこのタントウを行う所が多いが、このタントウとはどういったもので、どうしてこのタントウを行うのか疑問に思われる方も多いと思う。このタントウは一つの見方は築基功である。従い、基本的には気の増大に寄与するものである。又これを行う事により、功夫(コンフと言い練功による威力)がついてくる。どうしてそうなるかは小生も知らないがそうなるのである。築基功の一つの証左は、これを行っていると手も次第に暖かくなってくるし、又丹田も暖かくなってくる。

 陳式心意混元太極拳ではどのようなタントウを行うかと言えば先ずは活歩桩である。活歩桩とはどの様なものかと言えば套路を極端にゆっくり行い、各動作の終わりに気を丹田に戻すように行うという具合に行うもの。これは非常に効果のある方法であり、お勧めです。又、この方法で套路を行えば全く疲れないと言っても過言ではないと思う。

 その他には活桩である。所謂立禅には2種類あり、体が全く動かない定桩と、足の位置は動かないが、体が自然と動く活桩である。この活桩を用いる。