2020年1月2日木曜日

太極拳論注釈1

これから張禹飛師傅が中国の雑誌「中華武術」で2018年3月ー5月に発表された王宗岳の「太極拳論注釈」を張師傅の許可の下ここで発表する事とします。尚、訳には自信が無いし、これからも変更する可能性があるので出来れば原本にあたるようにして下さい。

王宗岳[太極拳論]に関する注釈(1)

筆者/張禹飛

王宗岳の「太極拳論」は、最も早い太極拳の古典理論であり、文章が簡潔で意を尽くしており、又蘊蓄は無尽です。

この記事は、太極拳の神秘と真諦を探求するために、数十年にわたる個人的な修練と実践研究に基づいて、拳理と技芸の観点から始めることを意図しています。過去の何人かの太極拳論に関する注釈を見たが、一般には逐次解説となっておりその真意を言い尽くしているとは言い難いと常々感じています。

個人的な修練と結合させ、テキスト全体から、同じように識別された文を分類および分析し、より正確にその精髄を全面的に把握し、太極拳の真諦を探ります。 未熟な自分の意見をまず述べて他人の価値ある意見を引き出すという心で、後学を待つつもりです。

王宗岳の「太極拳論」を概観すると、全体では、拳理総論、独立した拳の法、二人の推手及び組手(散手)等幾つかの理論と実践経験、複数の角度と複数の方向から太極拳の技芸と技術思想を解明し、言語的な叙述と技術的な解釈のために、テキストが互いに点在し、互いに説明し合います。叙述には適していますが、技術と叙述が相互に挿入しあっているために全体の状況を把握することは困難です。技術的ロジックの観点から発し、4つの側面から分析し、その理論の精髄と論理的脈絡を把握し、我々の練拳の実践を指導します。太極拳は一体どのように練習しどのように用いるのでしょうか?

この記事は、テキストの4つの側面から再編され解説しています。:

1、拳理の大綱 

2、一人で拳を練習する方法 

3、二人で行う推手

4、二人で行う組手(散手)。

 

1.拳理の大綱

太極者、無極而生、動静之機、陰陽之母也。動之則分、静之則合。無過不及、随曲就伸。
人剛我柔謂之「走」、我順人背謂之「黏」。動急則急應、動緩則緩随。

雖變化萬端、而理唯一貫。由着熟而漸悟懂勁、由懂勁而階及神明。

然非用力之久、不能豁然貫通焉!
虚領頂勁、気沈丹田、不偏不倚、忽隠忽現。左重則左虚、右重則右杳。

仰之則彌高、俯之則彌深、進之則愈長。退之則愈促、一羽不能加、蠅蟲不能落。
人不知我、我獨知人。英雄所向無敵、蓋皆由此而久也!
斯技旁門甚多、雖勢有區別、概不外壮欺弱、慢讓快耳!有力打無力、手慢讓手快、
是皆先天自然之能、非關學力而有為也!
察「四兩撥千斤」之句、顯非力勝;觀耄耄能禦衆之形、快何能為?
立如平準、活似車輪。偏沈則随、雙重則滞。
毎見數年純功、不能運化者、率皆自為人制、雙重之病未悟耳!
欲避此病、須知陰陽:黏則是走、走則是黏;陰不離陽、陽不離陰;陰陽相済、方為懂勁。
懂勁後愈練愈精、黙識揣摩、漸至從心所欲。
本是「捨己從人」、多誤「捨近求遠」。所謂「差之毫釐、謬之千里」、

學者不可不祥辧焉!是為論。

 

太極者、無極而生、動静之機、陰陽之母也。

動之則分、静之則合。無過不及、随曲就伸。

~本是「捨己從人」、多誤「捨近求遠」。所謂「差之毫釐、謬之千里」、

學者不可不祥辧焉!是為論。

太極は無極から生じるもので、動静の機、陰陽の母である。動けば則ち分かれ、静まれば則ち合する。相手が屈すれば自分がそれについて伸びていき、相手が伸びれば自分もそれにくみして屈し、過ぎることも不足することもないようにする。

~元々は「己を捨て人に従う」を、多くは誤りて近きを捨て遠きを求める。所謂差はほんの毫(わずか)であるが、謬り(あやまり)は千里のように大きくなる。

 

これらの文は全編引用です。(太極の理を以て太極拳理を引き出しています。)

又全編の大綱であり、要点をかいつまむ役割を果たす一部分でもあります。此の段の内容は基本的に宋の周敦熙1)の太極図説2)の言語と思想を継承しています。

太極図説曰く: “无极而太极。太极动而生阳。动极而静,静而生阴。静极复动。一动一静,互为其根。分阳分阴,两仪立焉。

(無極にして太極(混沌たる根元)。太極が動いて陽(分化発動する働き)を生ず。動が極まって静なり。静にして陰(統一含蓄する働き)を生ず。静が極まってまた動。一動一静、互いに其の根と為って、分かれて陰、分かれて陽、両儀立つ。)

二者を比較するとどのように似ていますか。以下各句の分析です。

 

☯各句の分析

太極者、無極而生、動静之機、陰陽之母也。

太極は無極から生じるもので、動静の機、陰陽の母である。

この4句は言わずもがなです。言及しているのは太極の理であって、太極拳の理ではありません。多くの人がその解釈を太極拳の理としているのは望文生義3)です。

太極の理は形而上の理であり、太極拳の理は形而下の理です(ここではテキストについて語っているので理の層は関係がありません)

二者は同一レベルの概念ではありません。

無極と太極の関係については歴史上事例があります。つまり南宋大儒の朱熹と心学の大家陸九淵4)は鵞鳥湖の弁明の後、「無極太極」の議論は結局陸氏が優位に立って終わりました。

今日の本文は紙幅及び主題が限られている事もあり、「無極太極」という議論も求められず、その論題だけを棚上げします。

「太極」という言葉は中国伝統文化の極めて重要な一つの哲学概念です。長い期間の社会生活の実践過程で歴史に従って発展しており、人々の一種の内面的化された集団無意識を以て人々の知恵のモードと意識形態及び、社会生活のあらゆる面に影響を与えており、次第に民族の考え方、生活信念と生活様式になってきました。これは中国伝統武術の文化背景です。

王宗岳の冒頭の理論については、内外の二つの意味を包含し、その外の意味は太極の「源」と「流」の関係であり、つまり「源」は「無極」であり、「流」は「陰陽」である。その中で「源流」を動かすのは「動静の機」です。日常生活の中で最も直接的に「陰陽」の概念を反映する自然現象は随所に見られる「動静」現象であるので、ここでは直観現象「動静」を、「太極」の初期点として説明し、抽象的な陰陽概念を具象としての「動静」概念に転換します。周敦顧とは異曲同工法5)で、特別な道連れとなる妙があります。周氏は「動静」を陰陽の切り口と理解しており、王宗岳は基本的に周氏の原意をそのまま引用しています。ただ周氏より「機」という概念が多くなっただけで、これも太極の理から太極拳の理に向かって行く伏線を敷いています。これも王宗岳の素晴らしいところです。「機」は、機枢、機関、時機のことです。この「機」は外形のたとえではなく、「炁」を指す或いは「気機」と呼ぶものです。その内の意味は「陰陽変易」という意味を含み、つまり「無極が動けば太極が生まれ、太極が動けば陰陽が生まれる」という周流変動です。この変動の鍵は、やはり「動静の機」です。この四つの言葉は形の上の言葉、冒頭の言葉として、全編を統括する大綱です。

前に述べたように、「動静の機」の機は外形ではなく、「炁」の意味で、或いはこれを「気機」と呼んでいます。

世の中には毎秒存在するそれぞれ自身の独自な「気場」があります。

一旦周囲の気場と相互作用すると、バランスが悪くなる事があります。この場合バランスを取り戻すために、気の「機」の変化が中枢となります。

これが太極拳がなぜ「炁_」(当然「意」を練る事により達成される)を練るのかという理由です。このテキストの「動静の機」は太極拳を言っているわけではないですが、「機」の導入には既に太極拳を呼び出す勢いがあります。

冒頭の布石が終わり、後は直接的に議論の本題に入ります。

 

動之則分、静之則合。

動けば則ち分かれ、静まれば則ち合する。

この動静とは太極にもあり、太極拳にもあります。「分、合」の二文字について言うと、「太極の理」を指しています。もし、太極の理を「開合」に変えると太極拳のことです。前述の「動静の機」はここで発生します。すなわち動静は心にあります。

「心気」が動くと分合は意気に随い、心意が動くと意気が四肢が分布し、太極十三勢6)を成す。

静の本質は無極であり、心と神7)が合一しており、何も無い空洞で混沌としている。無いようで有り、有るようで無い。かすかな霊光が性宮にぶつかり、ほこりが落ち無極から混元が生じ、混元から太極が生じます。この時の動静は後天(後に獲得したもの)のものですから、技撃の意識と融合させる事ができ、太極拳に成ります。

ここで注意したいのは「分合」と「開合」の関係です。「分合」は主に「太極の理」を言いますが、「開合」は「太極拳理」を言いますが、その中には外形と気機の二つが含まれています。実践は後者は人体の健康と功夫の次序で更に重要である事を証明しています。

 

無過不及、随曲就伸。

相手が屈すれば自分がそれについて伸びていき、相手が伸びれば自分もそれにくみして屈し、過ぎることも不足することもないようにする。

次の文に続いて、この文は直接に拳法と推手の理を言います。前文にも「太極の理」がありますが、後者は純粋に「太极拳理」です。この句は4つの主要な概念があります。過、不及、曲、伸。

「過」は上回る、超えるを意味します。「不及」は間に合わない、到達していないということです。「曲」とは体の曲げや曲線の動き、「伸」は手足を体の外に出したり伸ばしたりする運動のことです。

「過」も「不及」も病気です。練拳であろうと推手技撃であろうと「過」はすなわち「強弩の末8)」(強いものも衰えては何もできない)である。

「不及」は成し遂げることが難しい。

「随曲就伸」は一般には推手に最適です。「随」は必ず二人の関係を指すので、拳法の中では必ずしも「随」とはならない、特に散手(組手)の中では「随」はスピードのために非常に実現は難しいです。一方推手は速度が緩慢で体の接触もあるので、比較的簡単に実現できます。

「随曲就伸」。簡単に言えば、練拳でも、推手でも散手でもが、「動静の機」が発生したら、外形は動静に関係なく,すべて「外は中正而して内は中和」の状態を維持しなければならない。勢いが度を超すならば、気は息が出尽くした感があり、これを「過」と成す。もし勢いが不十分であるならば、即ち戻ってくる。気が出にくい感があるなら「不及」となり、推手も亦然りです。

「過ぎる事もなく、及ばない事も無い無過不及を達成するには「くっついて離れず(粘连黏随不丢顶)」という状態を保持し、太極拳の技撃の道にぴったり適う事が必要です。この時どんな状態にいても、彼の力に合わせ、又勢いに便乗して、相手が屈するに従って伸び、過ぎる事も及ばぬ事もない状態にすれば彼の力も私のために使うことができます。この句は特に推手を指しています。二人は互いにくっついており、相手の勁を聴き、自分の「守中用中」(守中とは、自分の中線を相手に取られたり、コントロールされたりしないようにすることです。用中は自分の中定勁(中線上の勁)で相手の各種の力を攻撃したり、無力化することです。)を保持する為、必ず、相手に随い、自分が伸びやかで相手は窮屈な「我順人背」を保持する必要がある。従い、私にとって、「不及」と「過」はともにかかりやすいと思う。双方にとって身体が接触している空間は固定しているので粘连黏随不丢顶を保持するには以下が必須です。即ち「あなたの勁が直線で私に攻めてきたら曲を持って応じ、あなたが曲がって戻るなら、私はまっすぐに随う事です。」

因みに、練拳、身法、歩法、手法、全て「過」であってはならない、又は「不到位」(到位は然るべき位置、場所に決まる)であってはならない。

美観を追求するために歩法、身法が大きくなり過ぎると、運動転換の時(方向が変わる時)に筋肉が緊張してしまいます。発力(発勁)効果を追求するために、むやみにジャンプして足を踏み鳴らすことがあります。怠惰で散漫、練習しているようで練習していない、気が散る、心を外に向ける等すべて「過」ではない、つまり「不及」です。

左手の伸と右手の曲、上肢の伸と下肢の曲なども同様の例です。(粘连黏随は別途解説します)。

 

本是「捨己從人」、多誤「捨近求遠」。

元々は「己を捨て人に従う」を、多くは誤りて近きを捨て遠きを求める。

この言葉は大綱から見れば太極拳の宗旨即ち「自分を捨てて人に従う」ということです。しかし、多くの人は後天の思考や習慣が原因で実践の中で「捨近求遠」に変わってきました。太極拳の技術要求は「粘连黏随(相手に付き従い)」「私順人背(自分が滑らかで相手が滑らかでない)」及び「四两拨千斤(四両の僅かな力で千斤[500kg]を動かす」の効果です。従い「捨己従人(自分を捨てて相手に従う)」あってこそこれらの効果を得る事ができるので「本々は捨己従人」です。「多くの人は誤りて近くを捨てて、遠くを求める。」は「自分を捨てて人に従う」という語の反対語で、道理に合ったものを捨てて、「道」から益々遠くなる「末技」を求めるという意味です。ここの「近」は近道という意味です。機に乗じてうまい汁を吸うという意味です。ここの「遠」とは、「太極の理」から遠く離れた安直な成功の実現を目的とする「末技」のことです。

例えば、ここ数年、推手の試合で見かける不意打ちを食らわせたり、人をつまずかせて転ばせたりするという現象は、すべて「捨近求遠」にあります。ここの「遠」は得点です即ち利益を得るという事です。「近」は即ち「自己を捨てて相手に従う事」です。このような利益のために太極勁を身につける技術を捨てるというやり方では永遠に太極拳の真諦を習得する事ができません。又「本能」の誘惑と「本能」が自分を利用する事を避ける事ができません。従い、永遠に「太極勁」を身につけることできないので、これによって太極拳とは無縁となります。この他にまた、この言葉は別のメッセージも漏らしています。王宗岳の時代に太極拳を理解し、習得した人は極めて僅かです。従い王宗岳は「多くは誤まって近くを捨て遠くを求める」という感慨を持ちました。斯かる理由から彼、王宗岳は頑張ってこの「太極拳論」を書きました。他人の聞き間違えや読み間違いを正し、現在の正確な理論と実践を以って、後から来た人が見たり、耳にした誤った理論と実践を正します。

 

所謂「差之毫釐、謬之千里」

所謂差はほんの毫(わずか)であるが、謬り(あやまり)は千里のように大きくなる。

この句は先の2つの句を受けて、「捨近求遠」の功利心で「捨己従人(自分を捨てて人に従う)」の真の太極拳の功夫に取って代わることを指します。

「厘毛(わずか)の差」は目の前で展開している技比べを述べるものです。

つまり「本能で、功利を求め」而して「太極の功夫を捨てる」事になります。

その差はほんの僅かなので厘毛と言う訳です。実際、理の上から言えば此のちょっとの事が結果として「大道」から逸脱してしまった訳です。従い「誤りが千里」という大きな差となるのです。もちろんこの言葉の裏にはもう一つの意味があります。

あなたが太極拳を習うのは技芸以外にやはり最終的には太極大道まで修行しますが、

このような試合の細かい計算は参加者個人の心理状態を大道を修練するように調整するのが難しいです。

押せば押すほど計算が高くなり、練習すればするほど道が逸れてしまいます。従い、「捨己従人」から離れ、太極拳の正道ではなくなるので、「近くでは差が僅かです」が結果として「遠きでは誤りが千里にも大きくなる」事になります。

(次号に続く)

 

注)

 

1) 周敦熙

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%A8%E6%95%A6%E9%A0%A4

 

2) 太極図説https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E6%A5%B5%E5%9B%B3%E8%AA%AC

 

3) 望文生義

文字の字面を見ただけで意味を深く考えずに、前後の文章から予想して語句の 意味を勝手に解釈すること。

 

4) 陸九淵

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E8%B1%A1%E5%B1%B1

 

5) 異曲同工:外見は違っているようだが、内容は同じであること。

 

6) 太極十三勢                                                         太極拳は太極陰陽学説が武術、気功と結合した内家拳術で、別名「太極十三勢」と言い、棚,履,挤,按,采,列,肘,靠,进,退,顾,盼,定と言う十三の文字からなっているのです。前の八字は八種類の手法で、後ろの五字は五種類の歩法です。その十三種類の手法と歩法は太極拳運動の全プロセスを貫いています。

太極十三勢は太極陰陽学説の易変の理、運動の理、体用の理と養生の理を表し、拳術運動変化の時空特徴を反映し、そしてそれぞれ人体の臓腑、経絡、ツボと対応しています。太極十三勢は十三種類の姿勢ではなくて、十三種類の方法であり、即ち十三種類の練気法、技撃法です。太極拳は動静相兼の内功拳です。太極拳を練習するには丹田の功を頼りにしなければならず、丹田の気で肢体の運動を発動しなければなりません。だからまず内功を練習した上で太極拳を練習しなければなりません。先天の気をちゃんと練習しないで、ただ体力と後天の気を頼りにして太極拳を練習するなら、太極拳を高い次元で把握できるはずはありません。

十三勢を練習する時の全体的な要求は次のとおりです。

思想入静を根本とし、眼神心意を統帥とし、丹田の気をエネルギーとし、身法中正を本体とし、所属するツボを出発点とし、体全体の纏まった運動を目的とします。

八門手法と五行歩法に基づいてそれぞれ意念で気を導き、ツボに従って気をめぐらし、意気合一して肢体を運動させて練気、練拳、病気を除き、健康を保つ目的に達します。

 

7) 心と神

太極拳は、その経験を通じて根本的な生き方が変化します。この変化は、導引法という古代からのタオの修行によって伝承されています。導引法は、人間の心を、人間以前の自然としての生命心のある境地へ連れ戻すことにあります。それは、脳自体の能力を万物の能力に回復させることであり、その生命心の状態を「神=しん」と呼びます。そのような機能と構造をもつ脳は生理である「精=せい」の一部です。その生命心である「神」が万物に存在するエネルギーを使用して「精」を動かします。その時に生まれるエネルギーの動作を「気」と呼びます。「神」が「気」によって「精」を生かせるのです。

 

8) 【強弩の末魯縞に入る能わず】きょうどのすえろこうにいるあたわず

〔漢書 韓安国伝〕

強い弩(いしゆみ)で射た矢も、遠い先では勢いが弱まり、魯国に産する薄絹をつらぬくことさえできない、意。英雄も衰えては、何事もなし得ないたとえ。強弩の末


王宗岳《太极拳论》注释(1)
■文/张禹飞
王宗岳的«太极拳论»是最早的太极拳经典理论,其言简意赅而蕴蓄无
尽。本文拟从拳理和技艺角度入手,根据数十年个人修为及参研实践,
一探太极拳之奥秘与真谛。观前人数家拳注,均为逐句顺解.总觉有难以尽言之
意。今结合个人修为,从文本整体出发,将针对性相同的语句归类解析,以更准确
全面把握其精髓,一探太极拳之真缔。更以抛砖引玉之心,以待后学。
糾观王宗岳之《太极拳论》其全篇大致涉及了拳理总论,独立拳法.双人推
手及散手几个方面的理论和实践体会,并分别从多角度.多方位阐发了太极拳技
艺和技术思想,因其语言叙述和技术互释,文中多处互相穿插、彼此互解,虽适于
叙述,但终因其穿插互解而难以整体全面把握。今从技术逻辑角度出发,从四个
方面将其剥离解析,以把握其理论精髓和逻辑脉络,并指导我们的练拳实践,看
看太极拳究竟应该怎样练.怎样用?
本文将从文本的四个方面予以重组解析:1.拳理总纲;2,单人拳法;3,双人推手;4, 双人散手。

1.拳理总纲
太极者,无极而生,动静之机,阴阳之母也。动之则分,錚之则合。无过不及,随曲就伸。……本是舍已从人,多误舍近求远,所谓差之毫厘,谬以千里。
这几句既是全篇引言(以太扱之理引出太极拳理),也是全篇总纲,是起提纲挈领作用的一段。此段内容基本沿袭了宋•周敦顾«太极图说»的语言和思想.«太极图说»曰:"无极而太极。太极动而生阳。动极而静,静而生阴。静极复动。一动一静,互为其根。分阴分阳.两仪立焉."二者相较,何其相似?下面分句解析:
【分句解析】
太极者,无极而生,动静之机, 阴阳之母也。
该四句话不言而喻,说的是太极之理而非太极拳理,很多人将其解析为太极拳理,是望文生义。太极之理是形而上之理,而太极拳之理则是形而下之理(此处是就文本而言故于"理"之层次无渉),二者不是一个层面上的概念.关于无极与太极的关系,史上曾发生过一段学案,即南宋大儒朱熹与心学大师陆九渊在鹅湖之辩后的"无极太极"之辩,论辩结果以陆氐略占上风而罢。所以今天本文限于篇幅和主题,也不讨论"无极太极"之辩,只悬置该论题。"太极"一词是中华传统文化极其重要的一个哲学概念,在长期的社会生活实践过程中,随着历史演进‘它以一种内化的集体无意识影响着人们的心智模式和意识形态,并影响到社会生活的方方面面.逐渐成为一种民族思维方式、生活信念和生活方式,这就是中国传统武术的文化背景。就王宗岳开篇之论,它应该包涵内外两层涵义,其外层涵义为太极之“源”与"流"的关系,即其"源"于“无极"而"流"于"阴阳"。其中引动"源流"者乃"动静之机"。在日常生活中,最能直接反映"阴阳"概念的自然物象就是随处可见的"动静"现象,故此处以直观现象"动静"为阐释"太极"的初始点,把抽象的阴阳概念转换为具象的"动静"概念,与周敦顾有着异曲同工、殊途同归之妙.周氏把"动静"作为理解"阴阳"的切入点,而王宗岳基本照搬了周氏原意,只不过比周氏多了一个"机"的概念,此亦为由太极之理走向太极拳之理埋下伏笔,这是王宗岳的高妙之处,"机"者,机枢、机关、时机之谓也。此"机"非喻外形,而是指"炁",或称之为"气机".其内层涵义则隐含了 "阴阳变易"的含义,即"无极动而生太极、太极动而生阴阳"的周流变动。此一变动之关键,仍然是"动静之机"。此四句话作为形上之言、开篇之语,乃统摄全篇之纲。
前面已说,“动静之机"的"机“非喻外形,而是"炁"之谓,或称之为"气机".世上每种存在都有自己独特的"炁",有它自己的“气场”,其气场一旦和周围气场相互作用.就会产生不平衡,为了回到平衡态,气"机"之变就成为枢纽.这就是太极拳为什么要练"炁"(当然是练意而达)的原因。这里文本的"动静之机”虽不是在说太极拳,但"机"之引入已有太极拳呼之欲出之势了.
开篇布局完毕,后面则直接开门见山论证正题。

动之则分,静之则合。
此处"动静"所指,既有太极、又有太极拳.就"分、合"二字所言,是指"太极"之理,若改为"开合"就是指太极拳了。前述"动静之机"在此生发,即动静在心,"心气"一动,分合随形于"意气",心意一动则分布四肢,随之太极十三势成焉.静本无极,心神合一,空空洞洞、混混沌沌、似无而有、似有而无,一点灵光撞于性宫,尘埃落定乃无极生混元、混元成太极。此时之动静为后天,故可融合技击意识,太极拳成矣!
此处需要注意的是"分合"与"开合"的关系。"分合"主要是言"太极之理",而"开台"则是言"太极拳理",其中包括外形与"气机"两个方面。实践证明,后者于人体健康和功夫次第更加重要。

无过不及,随曲就伸。
接上句,此句直接说拳法与推手之理。且前句亦含有"太极之理",而后者纯言"太极拳理".这句有四个主概念:过、不及、曲、伸。"过"是指超过、越过;"不及"是指不够、不到;"曲"是指肢体弯曲或曲线运动、"伸"是指肢体向体外伸出或伸直运动."过"和"不及"都是病,无论练拳或是推手技击,"过"即为"强驽之末","不及"则难以成事."随曲就伸"一般用于推手最合适,因为"随、就"必是指二人关系,故拳法中无须"随、就",而在散手中,"随、就"因速度原因很难实现,推手则因其速度缓慢,二者又都是身体接触,所以,较容易实现"随曲就伸"。简言之,无论练拳、推手或散手,当"动静之机"生发后,外形无论动静,均须保持"外中正而内中和"之态,若势有出圈.气有呼尽之感即为"过",若势有未到即返、气有蹩蹙难出之感即为"不及",推手亦然。要达"无过不及",则须保持"沾连黏随不丢顶",方合太极拳技击之道.此时, 无论居何种状态,均可应合他力、因势  乘便、随曲就伸、无过不及,他力亦可为我所用.此句尤指推手,两人互相粘黏听劲,为保持自己"守中用中",必须得随住对方,还得保持住"我顺人背"才行.因此对我来讲,"不及"与"过"都易为人所乘,对于双方而言,因身体接触空间是固定的,为保持"沾连黏随不丢顶"就必须"你劲直来我就以曲应,你弯曲回去我就以直随".顺带说练拳,身法、步法、手法都不能"过"或者"不到位”,如为追求美观而步法、身法加大,导致运动转换时肌肉紧张,有为追求发力效果而盲目跳跃跺脚,有些则是懒懒散散、似练非练,心意涣散、心驰旁骛等,都属于非"过"即"不及".还有左手之伸与右手之曲、上肢之伸与下肢之曲等,也都是例子("沾连黏随"将另外行文解析)。

本是舍已从人,多误舍近求远。
这句话从总纲角度看是说太极拳的总宗旨就是"舍己从人',但很多人因后天的思维和习惯,在实践中变成了"舍近求远",太极拳的技艺要求是"沾连粘随""我顺人背"和"四两拨千斤"的效果,因此只有"舍己从人'才能有所作为,故"本是舍己从人"."多误舍近求远"是"舍己从人"的反义词,意为舍掉符合道理的、去求离"道"越来越远的"末技".此处的"近"是指捷径的意思,意为"投机取巧";此处的"远"是指远离"太极之理"的那些能实现急功近利目标的"末技".比如近些年在推手比赛中经常看到有打冷手、使绊摔人的现象,就都是在"舍近求远",此处的"远"就是得分,"近"即"舍己从人'.这种为得分不惜舍掉掌握太极劲的技术的做法,永远不会学到太极拳的真谛,也免除不了"本能"的诱惑和利用,永远不可能掌握"太极劲",从而也就与太极拳"无缘"。此外,这句话也透露出了另一个信息,也就是说,在王宗岳那个时代,能理解、掌握太极拳技艺的人亦为凤毛麟角,所以王宗岳先生才产生了"多误舍近求远"的感慨,也因此,他才努力写出这篇«太极拳论»,以正视
听,以正后人。

所谓差之毫厘,谬以千里。
这两句紧接前两句,指以"舍近求远"之功利心取代"舍己从人"的真太极功夫,"差之毫厘"是从眼前较技说的,也就是"用本能、求功利"而"舍太极功夫".只差那么一点点,即"毫厘"之谓,其实从"理"上说,恰是这一点点才导致偏离了"大道",故"谬以千里".当然,此句话背后还有一层意思,即是你学太极拳除了学技艺之外,最终还是要修炼到太极大道上的,但这种比赛的斤斤计较会使得参与者的个人心态很难调整到修炼大道上来,只能是越推越计较、越练越偏离,所以离开了 "舍己从人'就不是太极拳的正道,"近差一点"就会导致"远谬千里",

(未完待续)

2019年12月2日月曜日

身を守る武術

私が陳式太極拳を習ってきて思うのはこの太極拳は身を守る武術であるというのが最近の実感です。何を今更何を言っているのと言われるかもしれませんが、これが正直な気持ちです。
まず最初に暴力から身を守る武術であるという事です。太極拳は陳式太極拳に関わらず須らく「先至後発」(後の先)を旨としています。即ち自分から先に手を出す事はありません。そこが格闘技との大きな違いでもあるのですが太極拳の大きな特徴でもあるのです。これは相手を倒す事が目的では無く、自分の身を守る事が目的な為そのような形態になったといえそうです。
その次に病気から身を守る武術です。この陳式太極拳(ここでは陳発科の陳式太極拳です)では病気から身を守る内功法が各種存在します。例えば高血圧等の生活習慣病等も顕著に改善されます。又その他難病にも改善効果が出ています。これらは身を守る事に直結していきます。
3つ目に精神的な安定をもたらす事によりトラブル(口論も含む)から身を守る事に繋がっています。相手からの攻撃を無力化する化勁という技術がありますが、これえを使うには攻撃心をなくす必要があります。これらの技術を身に着ける過程で精神的にも攻撃的ではなくなってきます。又実生活や実社会でもこの技術を使い相手からの攻撃、口撃を無力化しよういう気持ちになってきます。従い、精神的には非常に安定してきます。
以上から陳式太極拳は物理的、精神的攻撃から身を守る武術と言えるわけです。

2019年11月1日金曜日

単鞭の勾手に関して

太極拳と言えば単鞭を想起される方も多いかと思います。この単鞭について少し述べてみたいと思います。太極拳各流派でこの単鞭が異なっていますが、この単鞭の際に手を鈎のようにします。これを一般的に勾手(ごうしょう)と言います。楊式太極家の場合は指を伸ばして何かをつまむような恰好を取る処が多いです。これに対し陳発科の陳式太極拳に伝わっている一つの方法は「風眼」といい、親指に人指し指と中指を被せる形で横からみると眼の形をしています。従い「風眼」と言われています。専門的な話ですが、これは勾手をそのまま拳としても使えるようになっています。その使い方には種々口伝があります。これは陳発科老師から馮志強老師への伝承なので陳発科老師が使っていた事は間違いありませんが、陳式の先祖からの伝承なのか陳発科の独創なのかは分かりません。というのも陳家溝の勾手は陳発科老師のものとは異なっているからです。いずれにせよこの勾手を見るだけで陳発科の太極拳がどうかわかるわけです。
多くの人は套路が伝わったのでその太極拳が伝わったと思いがちですが、実際は套路はその太極拳の一部に過ぎません。套路以外の練習方法や、套路を打つ時の口伝、套路の招式の些細な形の違い、こだわりも含めて伝わる時にその太極拳が伝わったと言えるのではないでしょうか。そしてやはりその太極拳の功夫が伝わる必要があります。

2019年9月30日月曜日

内臓のマッサージ

生前馮志強老師が太極拳は内臓のマッサージにもなると言われた事があります。当時は「はー、そんなもんかな」程度に思っていました。その後太極拳の動作に従って内臓が動き始めるとこの事を言われていたのかと今更ながら納得した事が昨日のようです。その時初めて今まで内臓が動いていなかった事に気付きました。要は手や足がバラバラで全体として動いていなかったという事です。又丹田の動きも殆どなかった事に気がつきました。よくこのような事があるのですが、当時何気なく聞いていた事が後からこれだったのかというように感動を伴って納得する事がしばしばあるのです。この内臓のマッサージもその一つでした。皆さんもここに書いている事が後でああ~、この事を言っていたのかと気付かれると幸いと思い書いているのです。

2019年9月1日日曜日

姚宗勲老師にまつわる胸の纏絲勁

王薌齋老師と言えば大成拳の創始者として有名ですが、その弟子である姚宗勲も非常に有名な老師でした。
馮志強老師は大成拳の王選傑老師との関係は良くありませんでしたが、王選傑老師の兄弟子の姚宗勲老師とは非常に良い関係であったと言われています。これは馮志強老師から張老師がお聞きになった話なので間違いは無いと思っています。
扨、ある時姚宗勲老師が馮老師の胸を拳で打つから、それを化勁できるかと馮老師に言われました。馮老師は胸打たれた瞬間に胸の纏絲勁を使ってその攻撃を無力化されたそうです。
それを体験して姚宗勲は馮志強老師の事を絶賛されたそうです。これは飽くまで2人の間の遊びの話なので姚宗勲老師がどこまで本気で打ったかは分かりませんし、どちらが強いとかいう話ではありません。その様な事ができる良い関係にあったという事です。
さて我々陳式太極拳を学ぶ者にとって大事なのはこの纏絲勁です。胸の纏絲勁は難度が高い纏絲勁と言えるでしょう。この胸の纏絲勁を含む人体の18球の纏絲勁を良く練る必要があります。 これはそれぞれの纏絲勁の練り方が口伝となっており、いかにこれが大事であるかという事です。陳発科老師は弟子の練習を見る時でも椅子に座って手をぐるぐると回していたそうです。


2019年8月1日木曜日

北京の陳式太極拳

先般(2019年7月20日)北京陳式交流会を行ない、それぞれ一路を表演比較しましたが、やはり宗家、陳発科老師の共通の思想が流れている事が確認できました。因みに陳発科の息子の陳照圭老師も宗家の太極拳を新架式というのはおかしいと言われていたと聞いていましたが、今回北京陳式のある老師は北京で陳瑜(陳発科老師の孫)さんと飲んでいた時に同様の話が出たとの事です。
宗家が良いとかの話ではなく、風格が違ってきているので、陳照丕先生が教えた陳家溝の陳式太極拳と陳発科が教えた北京の陳式太極拳のそれぞれが、お互いの風格を保持しつつ発展すれば良いと感じています。
さて今回の交流会を通してみれば雷慕尼老師の套路と田秀臣系の套路とはやはりかなり近いものを感じました。遠藤先生の套路は表面上は他のお二人の老師の系統と似ているものの、やはり中身は馮志強老師の混元太極拳を彷彿とさせるものがありました。因みに北京陳式の間では田秀臣老師の套路が外形は一番陳発科老師に似ていると言われています。
北京陳式の套路を馮志強老師は老架式と呼ばれていましたが、それは混元太極拳の套路を念頭に置いての事と思います。既に書いたように陳発科老師がこの北京陳式の老架式を7か所変え、馮志強老師が陳発科老師の指示に基づき更に7か所変えて陳式心意混元太極拳ができました。これは敢えて言うなら北京陳式の新架式と言えるかもしれません。もっとも混元太極拳を伝える小生の力不足もあり、混元太極拳が正当な評価を得ているとは言い難いのは忸怩たる思いがありますが。
それはさておき、今回色んな老師から伝え聞く陳発科老師の興味深いエピソードが披露されましたので、いずれそれらを纏めてみたいと思います。
今後は北京陳式の各老師方と切磋琢磨しながら、この宗家の太極拳を発展させる事ができれば、これに勝る喜びは無いと思った次第です。

2019年7月1日月曜日

陳式太極拳の内功法

太極拳を伝える際に套路を教えれば教えられる方も満足し、誰々の太極拳が伝わったと考えるが、実際は套路は太極拳の重要な一面ではあるが、全面では無いと考えます。やはりもう一方の重要な練習方法は内功法と推手と思われます。この中で内功法に関しては混元太極拳は胡耀貞老師から伝えれられた心意拳の内功法も伝わっていますが、陳式太極拳もそれに劣らず膨大な功法が伝わっています。私が知る限り、約40の内功法が伝わっています。又棒気功、尺気功を入れれば棒尺だけで20以上が伝わっています。従い、60以上の内功法が陳式太極拳から伝わっているという事です。それだけ内功法を重視しているという事でしょう。陳発科老師は陳式太極拳は陳さんの物でも楊さんの物でも無いと言われ、性名に関わらず拝師の弟子には奥義を伝えていったと言われています。従い、これらの膨大な内功法が我々に伝わる事になったのだと思います。
因みに内功法の面白い処は身体が熟成されてくるに従って、妙に身体が納得するという事です。これは非常に不思議な事です。皆さんも是非陳式太極拳の然るべき先生に付き、内功法を味わわれると良いと思います。例えば纏絲内功ならば纏絲に沿って気が身体を貫く感覚が生じてきます。築基の内功なら丹田が熱くなり、足がしっかりと地についてくる感覚が生じてきます。ああ、これが陳式太極拳の内功法なのだと実感できます。非常に面白い世界ですが、これはある程度練らなければ得られません。
一方、混元太極拳は両者の内功法を取っていますので、正に膨大な量となります。従い、馮志強老師はこれらの内功法を整理し、混元内功として纏められました。又、それを内部テキストとして書籍とし、CDもセットで弟子に配布されました。後進の我々に取っては非常に有難い事です。このような作業が無ければ膨大な内功法を前に途方に暮れる事、間違いありません。最近はこれら先人の血と汗の結晶をきちっと身体で受け取って行かなければ申し訳無いとの気持ちで一杯です。

2019年6月1日土曜日

功夫(コンフ)の上がり方

一般に功夫の定義は修練による力(底力)という事になると思います。然し乍ら太極拳では(特に馮老師の太極拳では)内気による力を指す事が一般的でした。その上でこの功夫を重視し、まずは功夫をつける事を目指すという練習方法で、実際弟子の功夫は格別のものがありました。さて自分を省みるに功夫は至って貧弱ではありますが、生徒を教えてみて、この功夫をつける速度に大きく差がある事に気付きました。勿論練習量が多い人は功夫が上がる速度が速いのは当たり前ですが、略々同じくらいの練習量であっても速度にかなりの違いがあります。又、同じ練習量にも関わらず、ある時急激に功夫が上がる事も多く目にしてきました。一体この違いはどこから来るのか、速度が速い人、遅い人、それぞれにどのような練習をしているか聞いてきて最近なんとなくその原因が分かってきました。まず站椿の形が大きく影響しているらしいという事です。正しい形になった途端に功夫の上がり方が大きくなるようです。特に命門に対する要求が満たされているかどうかが大きな要素と言えそうです。これが出来ていると功夫の付き方が速いと言えそうです。
2番目に意守丹田が出来ているかという事です。要は雑念なくできているかがポイントです。もしくは雑念が出ても直ぐに気が付き雑念を捨てられるかどうかがポイントと言い換えても良いかと思います。この辺の心の納まり方次第で功夫の上がり方がかなり違うようです。もし站椿功の際に雑念を追いかけていたとしたら、それは站椿功では無い事は明らかでしょう。外からみたら分からないように思う人もいますが、自分の心が澄んでくると案外、他人の心的状況も結構分ったりするものです。
3番目に功夫の高い人と一緒に練習しているかどうかも大事な要素のようです。功夫の高い人と一緒に練習していると功夫の上がり方が速いのは今まで北京でも見てきましたし、日本に戻ってからも良く目にする光景です。理由は良く分かりませんが、功夫の大きい人の気を貰うのではと考えています。

2019年5月1日水曜日

馮志強老師に褒められた思い出

馮志強老師に褒められた思いでをちょっと語ってみたいと思います。
自慢話かと思われますが、我慢して聞いて下さい。実は褒められたのは1回しか無いのです。套路を早く正確に(と言っても外見だけですが)覚えるのでお前は賢い(聪明)と言われた事はよくありますが、心底褒めているようではありませんでした。ある時山東省で混元太極拳の大会があるとの話があって、日本からも多くの人が参加するとの事だったので内容をお聞きしようとした時も、お前は関与するなというように言われた事もあります。他の日本の弟子とは違ったあたり方でした。SARSが中国で流行った時も日本のマスクを持っていきましたが、そこで立ってなさいと言われ何時間も站椿功をした覚えがあります。その時は馮老師は他の方と世間話をしているような具合でした。褒められた事もほとんどなありませんでした。太極拳を始めて2-3年がたった時にある八卦掌の人達が2-3人馮老師を訪問され、馮老師は公園で話をされました。その時の一人は話をろくに聞かず、私に推手をやろうと言って来ました。実際推手ではなく単なる押し合いでしたが、その時私が簡単にその方を押し切ると、その方は5年以上站椿をやっていると言って感心しておられました。その様子を馮老師は見ておられ、その後功夫が出てきたなと言って喜んでおられる様子でしたが褒められたというものではありませんでした。
一度だけ明らかに褒められた事があるので、その時は本当かと思いました。
老師が拝師の弟子に与える套路46式を小生にも46式を完成した時に教えて頂きました(小生はその時点で拝師していませんが)。ある時この套路を馮老師にみて貰った時でした。通常は砲硾を打つ時は発勁を行わずに打ちますが、この時は発勁を伴って打ちましたので、それを咎められるかと思いましたが、案に相違して、その時に初めて褒められたのです。その後、「疲れただろう。そこで暫く休んでいなさい。」と言われたので休んでいると、馮老師が地壇公園のあちこちから知り合い、友人を呼んで来られました。そして知り合いの人達が集まると「もう一度46式を打ちなさい。」と言われました。明らかに小生の套路をそれらの人に見せる為でした。そしてもう一度発勁をして46式を打ちました。その後馮老師は「彼は日本人で堀仁彦」というと言われ皆に紹介してくれました。その頃を境に馮老師の小生に対するあたり方が変わってきました。ある時北京の空港に到着し、お電話を入れると「お前、今何処ににいる? 今からそこに行く。」と言われた時にはびっくりしました。御自宅に呼ばれる機会も増えてきました。又套路の修正もかなり細部に亘って行われるようになりました。今では懐かしい思い出です。

2019年4月1日月曜日

勁が早く体現できる方法

伝統太極拳では当たり前の勁が日本の制定拳ではあまり見られませんし、又あまり問題にもなりません。日本人は型が好きなので、型に合わせて勁が出ていようと出ていまいとあまり気にせず套路を打つ事は多くの人に楽しみを与えており、それはそれで結構な事です。斯かる無勁太極拳は日本特有の一つの新しいジャンルとして既に人数的にも確立されていると考えています。決して貶している訳ではありません。これにより多くの高齢者が老後の楽しみとして享受しているので素晴らしい事と心から賞賛しております。これからもどんどん日本式の勁の無い(勁に頓着しない)太極拳を広めて欲しいと願っています。
一方人数は少ないが伝統太極拳のように勁のある太極拳を欲する人もいるでしょう。そのような人に勁がいかに早く出せるかを私なりに考えた方法を紹介したいと思います。
①まず内功(武術気功)をやる事です。この内功は流派により異なります。ある流派は この内功が套路(型)であったりします。又は站椿功であったりします。まずこの内功により内気の充実を図ります。
②短い套路または套路の一部(これも長くないもの)を繰り返し練る事だと思います。
套路を練る時は意念を使い全身、全霊で練る事です。単に手や足を動かすというようなものではダメです。
この上記2つを練る事に集中すれば勁が出るのが早いでしょう。一旦勁が出始めると套路の数を増やす事や招式を増やす事はそんなに難しい事ではありません。そうして勁のある套路を完成させる事が比較的早くできるでしょう。

勁の無い無勁太極拳と勁のある伝統太極拳がそれぞれの役割を果たし両立する事がこれからの高齢化社会を迎える日本には必要かと考えています。

2019年3月8日金曜日

套路の練習

馮志強老師との練功の際には幾人かの弟子と練功する場合もあればマンツーマンで練功する場合もありました。マンツーマンの練功の際には自分が横を向けば老師が横に移動され、後ろを向けば後ろに移動されるという具合でした。その度に恐縮して私が移動しようとするのですが、手で制されて老師が移動されるという具合でした。それで何を学んだかたというと呼吸と動作だと今になって分かります。段々と練功の回数が増すに従って呼吸と動作が似てくるのです。それは目に焼き付いているし、体に染みついているので忘れられないものとなってきます。こうして套路が次の世代に受け継がれていくのであろうと思います。従い、当時馮老師に見せて頂いた色々な技等も、その時出来なかったものが、ここに来て出来るというようなものも少なくありません。あんな気で人を動かすなんで老師は出来ても自分は出来ないと思っていましたが、それらの事も自然と出来る身体になってくるのですから不思議です。しょっちゅう老師にお会いして練功すれば、何が違うといって、呼吸と動作が染みついて来るのが最大の違いです。年に一二回お会いするよりも、年に5-6回お会いする方が良いでしょうし、毎週お会いできれば更に良い事になります。ある北京陳式の大会でアメリカから来られた学生の方が北京の弟子や学生はなんで功夫があがるのが速いのかという話をしていた事がありますが、その内の一つが套路の練り方にあると言えるでしょう。

2019年3月1日金曜日

混元球と連動する混元太極拳

混元太極拳は陳発科老師と胡耀貞老師のお二人が太極拳の高い境涯は混元球の回転であると言われてきましたが、実際套路を練っていると混元球と手や動作が連動し始めるように出来ています。この回転を得るにはかなりの練りこみが必要で最低でも3年位はかかります。3年で全ての動作で混元球が体感できるというものでなく、少しずつ体感していきます。弊会のベテランでも全ての箇所で連動できている訳ではありません。然しながら連動し始めると色々な箇所が連動し始めます。これを読んでいる方は本当にそうなのかと疑問を持たれる事と思いますので、今後混元球の連動の箇所と連動すればどうなるのかを動画で少しずつ上げていきたいと思います。その動画を一つの参考にして内面を練っていって頂ければ幸甚です。又混元球以外に開合によって威力が出ている箇所もあります。動作の開合から意念の開合で力が伝わっている箇所もありますので、これらも動画で少しずつ上げていきます。なぜこのような動画を上げるのかと言えば、申し訳ありませんが、混元太極拳において動作のみが混元太極拳で中身が混元太極拳になっていない方が散見されるからです。と言っても中々理解できないでしょうから動画にて混元球が動き始めるとどういう事が起こり、どういう事ができるようになるのかを分かりやすく解説する事が皆さんの道標として必要かと思うこの頃です。それがひいては馮志強老師や陳発科、胡耀貞両祖師に報いる事かとも考えています。

2019年2月2日土曜日

套路に関する考察

最近介護施設で高齢者を教え始めて今の套路はこれで良いのかという疑問に突き当たっているこの頃です。元々套路(型)は太極拳の技を集めたものです。これを呼吸と動作を合わせ気功にしている訳です。しかし介護施設等で教えていると気功なら良いが太極拳はどうもと敬遠される傾向にあります。太極拳の套路は動気功ですと言って少しは套路も練っていますが、一般の人が太極拳を敬遠する主な理由は下記2つに集約されると思います。
1つは太極拳のような動作はできないという事です。これは制定太極拳で足を上に上げる動作や片足で立つ姿勢を見てのものと思われます。
2つめは動作が覚えられないという事です。実際太極拳を止められた方の多くは套路が覚えられないとの理由で止めています。
上記を鑑み混元太極拳を簡単にし、24式を更に8式にした「養生8式」を作りましたが、これでも難しいと感じており、この内最初の起式と金剛搗碓の2式をメインに練っています。実際健康目的で武術をやらない方が太極拳の技を覚える必要は無いと思っています。従い、最近の結論は太極拳の基本的な動作「掤(ポン)、捋(リュー)、擠(ジー)、按(アン)、采(ツァイ)、挒(リエ)、肘(ジョウ)、靠(カオ)」を移動しながら行う「八法」という練習方法があるのですが、この内の「掤(ポン)、捋(リュー)、擠(ジー)、按(アン)」の「四正」を取り出し、これを練る事だけで良い気がしています。これを練習すれば早い時期に基本的な勁が出てくるので太極拳の奥深さも味わえるのではないかと思っています。又勁が出ているかはお互い検証しながら進めれば楽しく進められるので尚、良いでしょう。
ここで少し制定太極拳について言わせて貰えば、制定太極拳24式は多くの人が入門の時に練る太極拳として行われていますが、この24式は入門には全く向いていないと考えています。というのも制定24式は楊式太極拳をベースに作られていますが、楊式は最初から最後までファンソン(通常リラックスや脱力と訳されているもの:詳しくは後段で説明します)で通していく非常に高度な太極拳です。多くの方がこのファンソンが出来ず、又出来ていない事も気が付かず、結果勁が出ず、太極拳の面白さが分からず止めていくというパターンではないかと思います。套路を覚えるのが好きな人は続くのでしょうが、それ以外の人は続かず止めていきます。因みに、ファンソンは多くの人に誤解されていますが、単なる脱力ではありません。内気の充実により内気に裏打ちされた勁が出てくる為力んだ力を入れる必要がない状態を言います。何れにせよ制定24式は私も好きな套路ですが、入門には全く向いていない套路と思います。
太極拳の魅力を皆が味わえ、更に太極拳を広めていくには武術として太極拳をやる人は別として、健康志向で太極拳を始める人には別の練習メニューがあって然るべきと思います。その意味では各流派の代表が集まり、健康志向の人の要請に応える簡単な5式位の套路を編纂するのも良いかと思います。

2019年1月1日火曜日

太極拳は組手をするのか?

最近当会の会員が掛け試し稽古会等の外部の手合わせ稽古会等に参加し、一様に驚かれるのは「太極拳は組手をするのか?」という事です。又当会の人間が組手の練習の為に大学空手の組手に参加させて貰った時には、太極拳は拳なんですねと訳が分からない驚かれかたをしたとの事でした。勿論修行の一環として組手を行う事は中国では当たり前ですが、この疑問が何故起きるのか、ここに日本の太極拳の実情が全て集約されているように思います。即ち、組手を一切せず、武術として追及しない太極拳が一般的だという事です。勿論、これには例外もあります。ある名人は組手を殆どせず、套路を練るだけで組手の練習をしたかの如く、相手を制する事ができると言われています。従い、組手はしないが武術としての太極拳がそこには存在するという事です。とまれ、これはさて置き、中国では伝統太極拳の5流派(陳、楊、呉、武、孫)は全てと言わない迄も武術として太極拳を追及している人が少なからずいます。但し、中国政府が1956年に創った国家制定太極拳では表演のみというのが主流です。この流れが主として日本に入ってきているので、上記の様な質問となるのでしょう。私は常々感じているのは日本の太極拳は中国と違った別物になってしまっているような気がしています。即ち太極拳の上辺だけを真似して中身を真似しなかったのではという事です。日本独自の太極拳が悪いと言っている訳ではありませんが、武術として行う太極拳がもう少し市民権を持っても良いかなと考えています。こう言うと組手を行う実践太極拳のみを強調するように思われますが、小生の会では組手をしょっちゅうやっている訳ではありません。一定レベル以上の者の最後の仕上げ、検証として行っているのが実情です。ですから今でも組手を行うのは片手程度です。最初から組手を行うと太極拳の組手にならず、技術を磨く事ができないからです。だからと言って組手が不要な訳ではありません。然るべきタイミングで行う事は必要と考えています。表演のみの太極拳と武術の太極拳とがお互い市民権を得た形で発展していって欲しいと願っています。
ただ当会では武術として太極拳をやりたい人のみ組手を行っているので、望まない人に無理強いしている訳ではありません。健康になれれば良いという人は、そのようなプログラムで練習しているので、誤解なきようお願いします。

2018年12月1日土曜日

陳式心意混元太極拳の命名の由来


陳式心意混元太極拳の命名は1998年に内部の学生の為に出版された「陈式心意混元太极拳函授教材」の時になされました。その時、張兎飛老師は馮志強老師に簡単明瞭な「混元太極拳」という名にすれば如何ですかと言われたが、馮老師は同意されなかった由。張老師はその理由を馮老師にお聞きになり、馮老師は以下のように回答されたとの事でした。

①陳式の名前は陳発科公を意味するものである。
②心意の名前は胡耀貞老師を意味するものである。
③混元は両老師が太極拳の最高の功夫と境界を表すものと考えられており、私(馮志強)もそのように考えるものである。

従い、この陳式心意混元太極の8文字の名前は変える事が出来ないと言われました。
そこで張老師は折衷案として正式な全称を「陳式心意混元太極拳」とし、略称を「混元太極拳」としてはどうかと提案されました。そこに於いて初めて馮老師は同意されたとの事です。

この太極拳は自分が創作したものでは無い。陳発科公と胡耀貞公が共同研究の上創ったものであると私は馮老師からは聞かされていましたし、上記の話は張老師から聞かされていました。

しばしば馮志強老師はこの陳式心意混元太極拳を「上乗の太極拳」と言われていましたが、その真意は陳発科、胡耀貞の両老師が研究の上創られ、両老師が太極拳の最高の功夫と境界である「混元」を御自身も体現された為、両老師への尊崇の念を込めて上乗の太極拳と言われていたものと思われます。決して自分が創った太極拳を自画自賛して言われていたものでは無いと思います。というより常々混元太極拳は自分が創ったものでは無い陳発科老師と胡耀貞老師が創られたものと小生には言われていました。

最近「馮式太極拳」なる呼称が巷間流布されていると聞き及びますが、上記の話を知る小生に取っては非常に違和感のある呼称と言わざるを得ません。馮志強老師が生きて居られたなら即座に拒絶される事は疑う余地の無いものと言わざるを得ません。


2018年11月1日木曜日

ニ路(炮捶)

陳式太極拳の二路に関して私見を述べたいと思う。 二路は炮捶と言われて爆発勁を用いる。爆発勁は日本では発勁と言われているものに近い。みなさんも表演等でご覧になった事もあるかと思う。柔勁が練られて、功夫も上がってくるとこの爆発勁を用いる二路に進む事になる。この爆発勁を出せるようになる事は必要な事で二路に進むからには、この訓練は必須となってくる。但し、爆発勁を多用すると体にも良くないし、又爆発勁を練習したからと言って、爆発勁の爆発力が上がる訳では無い。やはり爆発の威力を上げるには柔勁でこの套路を打つ必要がある。従い、表演の時を除き二路でも爆発をなくし、柔らかく打つのが陳発科老師の室内の伝承となっている。なぜ敢えてこの室内の伝承を明かすのかと言えば、やたらに発勁をし身体を壊すことを危惧するからである。身体を壊す人が多く出てくると太極拳、特に陳式太極拳の間違ったイメージを増幅する事にも繋がると危惧するからである。皆さんにおかれては発勁ができる事は必要な事ですが、練習で多用する事は気を付けられた方が良いと老婆心ながら付言する次第です。

2018年10月2日火曜日

胡耀貞老師の不思議

馮志強老師よりお聞きした胡耀貞老師の不思議に就いて書いてみたいと思います。
他と重複するかもしれませんが以下に纏めてみたいと思います。
胡耀貞老師は実に不思議な方です。謎に包まれた人と言ってもいいかもしれません。
(その1)
ある時馮志強老師と雑談していた時に不意に胡耀貞老師の不思議に話が及びました。
それは同老師が座禅している時に10cm程、床から浮かんでいたというのです。
床から浮かび、ふわふわと上下動をしていたそうです。
この話はその後も何回かお聞きしてので余程馮老師も驚かれたのだと思います。
私もこの話を馮老師から聞かなければ信じなかったと思います。

(その2)
ある時馮老師との雑談の中で胡耀貞老師が文化大革命を予言していたと言われました。それはどういう事かというと、胡耀貞老師が突然これから世の中が乱れるので自分は暫く姿をくらますと言われ、どこかに去って行かれました。その後間もなく文化大革命が起きたそうです。

(その3)
陳発科老師との出会いのエピソードです。ある夜、胡耀貞老師が魂体離脱をして北京の夜を空から眺めて回ったそうです。次の朝、馮老師は胡老師から呼び出しを受け、どこどこに凄い武術家がいるから、そこに行って連れてきて欲しいとの話があったそうです。
馮老師は狐に抓まれた気持ちで、言われた住所を探し出しお会いしたのが陳発科老師だったそうです。両者はたちまち意気投合されたとの事です。

(その4)
胡老師がお亡くなりなる時に馮老師に連絡があり、何時、どこどこに来て欲しいとの話があったそうです。その日に言われた場所に馮老師が行かれると胡耀貞老師が座禅したまま亡くなられていたそうです。

以上がお聞きした内容です。俄かに信じられないと思います。私も最初にお聞きした時は俄かに信じられませんでした。然し、馮老師は両師匠に関しては冗談を言われた事がなく常に尊崇の念を持って接して来られた方なので馮老師が嘘を言われたとはどうしても思えませんでした。

2018年9月1日土曜日

楷書の混元太極拳

小生の場合は馮志強老師及び張禹飛老師より楷書としての混元太極拳を教わったので、最近の人の混元太極拳を見ると非常に違和感があります。拳理を考えながら変化させているのか、ただ単に拳理を分からずに変化させているのか非常に疑問に感じます。馮老師の弟子でも功夫はあるものの、勝手に套路を変化させ、その弟子、即ち孫弟子になるとかなり酷いものが見受けられます。馮老師の弟子に学んだ日本人の套路を最近偶々見かける事がありましたが、同様の弊害にあっていると思わずにいられませんでした。
そのように考えていたら、偶々張老師からSNSで連絡があり、この套路を見てくれとある中国人の混元太極拳の24式套路の動画が送られてきました。肩は上がっているは、身体は斜めになっているわ酷過ぎるというものでした。馮老師が見られたら怒りで憤死しているだろうと締めくくられていました。
多くの孫弟子の弊害は主に二つあります。一つは各招式の拳理があいまいな為、勝手に套路を変えてしまっている事があります。最近も馮老師の弟子に欧州で学んだ日本人に弟子の套路を偶々見かける機会がありましたが、套路の改竄は酷いものでした。恐らく一つ一つの拳理を学んでいないものと思えました。二つ目は意念が散漫になり、套路の気持ちよさに酔っている状態が多く見受けられました。混元太極拳は基本的には身体はファンソン、意念は鋭くを実践している必要があります。しかし、意念が散漫になっている例が多くみられました。これでは套路を練る際に意念が鋭くなってきません。套路を練るという事は兎にも角にも意念を練る事に一つのポイントがあります。従って意念が散漫になってしまっては套路の価値が半減です。このような例を多く目にしたので、今後は馮老師より教えられた混元太極拳24式の楷書の套路を広めていきたいと考えています。北京にいる時に一式、一式かなり細かく楷書の套路を教わったので、それを今後自分の会のみならず、他会であっても望む人には伝えて行きたいと考えています。

2018年8月1日水曜日

制定太極拳

中国政府が始めた国家制定太極拳又は制定拳と呼び、伝統太極拳を伝統拳又は民間の太極拳と呼んでいる。日本ではこの制定拳が普及しているが、この制定太極拳(制定拳)について私見を述べてみたい。
●伝統太極拳は功(練功による内気の充実と力)を重視し、各伝統拳には内功法が存在するが、制定拳では内功法が存在しないかもしくは殆ど教えていない。従い、結果として功の無い人が多い。中国人はこの事を称して中身が無いという言い方をされており、小生も中国滞在中には良く耳にした。
巷間言われているのは制定拳を作る際に5流派の伝統拳のGRAND MASTER(GM)を集めて作ったがその際にGMは嘘は言わなかったが本当の事、特に秘伝等を全て明かした訳では無かった。従い、内功は秘伝に属するので明かさなかったと。又真の功夫は民間にあるという言われ方もしていた。中国語で「真功夫在民間」という。実際制定拳の先生で心ある人は自分が他所で学んだ内功なり、タントウ功なりを教えている処もある。

●1956年に簡化24式を1957年に88式を制定したが、いずれも楊式太極拳をベースとしたもので、全ての太極拳を代表するものでは無い。小生は陳式太極拳に属する人間ではあるが、楊式太極拳を評価しているし、非常に大好きな人間でもある。従い、大陸や香港から楊式太極拳の方がみえると必ず表演を所望している。ただ、これを簡化24式として最初に行う套路としてはかなり難しく適切では無いと考えている。どこが難しかと言えば、陳式太極拳では放松と緊張を繰り返す事によって放松を体得していくが、楊式では最初から全てが放松で通していく事になる。これは難度が高く殆どの日本人が出来ていない処であるし、教える側も理解できていないのではと思われる。そもそも放松(ファンソン)が単なるリラックスする事と勘違いしている人が多い。ファンソンは内気の充実、膨張を伴う、リラックスなので、ここが出来ているかどうかは出来ている人にしか分からない。従い、套路に内気と内勁が無く、見ていても感じられないという具合となる。これでは太極拳にならない。

●その後制定拳も楊式のみに偏るのはまずいと思ったのかようやく伝統各流派の招式を取り入れて48式を1979年に制定し、又競技套路として42式総合太極拳を作ったという状況ではあるが、単なる招式の寄せ集めにすぎないと思われる。各流派の太極拳の要諦及び家風は見過ごされている感が否めない。例えば楊式では身体の上下動は戒められているが、陳式では戒められていない。フィロソフィーが違うのでそれらをごっちゃにして教える事に無理がある。制定拳を行っているものでこれら各流派の要諦を理解している人にお目にかかった事が無い。所詮は楊式をベースに各流派の招式を紹介している程度のものではないかと言われても仕方が無い。ただ中国では生徒を明確に2種類に分け、一般の生徒を「学生」、拝師の生徒を「徒弟」と言い重要な内容は「徒弟」にしか教えないので制定拳を学んでいる人に各流派のGMが要諦を伝えないのは仕方の無い事とも言える。

●ここまでどちらかと言えば制定拳の短所を挙げて来たが、長所も言わせて貰えば、なんと言っても太極拳を普及したという功績は否めない。この簡化24式があるので、太極拳及び太極拳らしきものが広まったという事は言えると思う。特に日本人には規格がきちっとしている制定拳は取り組み易いと言えるし、日本人に合っていると思う。もし簡化24式に然るべき勁が出ていなくても、太極拳に入る一つの縁を得たとは言えると思う。

●又48式や42式を作ったので他の太極拳も紹介する役割も担ってきた。この太極拳を導入窓口として各伝統拳に入った人もおられるし、今後のそのような役割は期待できる。その意味では制定拳の役割は大きかったと言えるでしょう。

2018年7月1日日曜日

太極拳で組手のレベルが上がる!

小生は組手がそんなに強くはありませんが、太極拳をやれば組手のレベルが格段に上がるとの実感があります。それは小生だけでなく、小生の生徒もレベルが上がっているからです。その仕組みとはどういう事かこれから申し上げたいと思います。
1.太極を追及する過程で無極を体現する必要があります。自分が無極に在って初めて太極が理解できます。この無極にある状態は一切の恐怖と驕りを捨てなければなりません。これができた時に常に心が平静になり、相手の動きが良く見えてくる事になります。太極拳ではこの無極を体現する練習方法が組み込まれています。無極の状態にある時自他の区別が無くなり、相手と自分の境目がなくなります。従い、相手の事が自分の事のようによく見える事になります。
2.強大な勁が身に付く。勁はゆっくり練る事により身についてきます。この勁が身に付けば、どの様な間合いでも力を発揮でき、相手の間合いを潰す事が可能になります。要は加速度に頼らない威力が勁です。私の師匠の馮志強老師はとにかく功夫を養い、強大な勁を身につける事を要求しました。私が出来ている訳ではありませんが、これが身に付けば組手で有利になる事は間違いありません。勁が強大になればこちらが防いでいても相手が崩れる事も多々あります。
3.套路は意念で練る為意念の反応の速度が速くなります。これも組手では有利な条件となります。
4.太極が理解できる為相手の動きの起こり、意念の起こりが良く見えてくる事になります。ここで言う太極とは太極拳経に定義される太極です。太極は静動の機、陰陽の母です。この太極を把握できれば後の先が取れる事となります。

従い、これらが曲りなりに理解、体現レベルになれば組手を解禁する事になりますが、その時点では可成り組手のレベルが上がっている事になります。

2018年6月1日金曜日

私がいた頃の北京武術界

私が北京にいたのは1993-2003年位でした。此の頃北京では陳式太極拳と言えば皆口を揃えて馮志強老師、楊式太極拳と言えば劉慶洲老師、呉式太極拳と言えば李秉慈老師と言われていました。その他には呉式太極拳と八卦掌を教えている王培生老師、形意拳、八卦掌の駱大成老師、大成拳の王選傑老師と伝説上の名人が多く居られた時でした。当初はそういう事情は知らず、偶然出会えた馮志強老師の幸運に感謝し、他の老師方には目もくれず練功に明け暮れる毎日でした。私はある事情で長富宮飯店に泊まって朝練習をしていた時期がありましたが、そのホテルでは毎朝太極拳の表演をホテルの庭園で行っていました。そのメンバーの一人が劉慶州老師の息子で劉連有でお互い顔見知りとなりました。同氏は現在慶洲太極拳推手研究会会長ですが、当時から推手も強いとの噂がありました。北京で制定太極拳をやっている人は劉慶州の影響を受けている人が多く、勁が出ている立派な太極拳を打っている人が多かったのを覚えています。因みに、我々馮志強の門下の人間は制定太極拳は出来ず、というのもある人が制定太極拳をやってた処を馮老師に見られ老師が发脾气(ファーピーチー)日本語でいる癇癪を起したと言われていたので誰もする人がいませんでした。
日本で制定太極拳をやっている人で勁が出ている人が少ないのは、このような伝統太極拳をやっている老師が教えていないからだと考えています。制定太極拳は楊式をベースにしている為(特に簡化24式)伝統楊式拳の老師が教えるのが繋がりが良いと考えています。
因みに太極拳の大会で数々の優勝をかざられた遠藤靖彦先生は馮志強老師、劉慶州老師、陳小旺、周元龍老師とも推手をされたとの事です。

2018年5月1日火曜日

套路はゆっくり打つのか?

套路はゆっくり打つのか? と聞かれれば太極拳なんだから当たり前と言われると思います。然し、私の理解は少し違います。太極拳は精密に打つのがしっくりくる感じです。陳式太極拳に於いては一般に小架式は緊湊(無駄なく精密にまとまっている)、大架式は舒展大方(伸びやかに大きく)と言われていますが、この精密に打つ事がこの大架式に於いても大事であると考えています。精密に打つ結果として速度が遅くなるというのが実情であると思います。というのは一式、一式、意念を用い、正しい勁を出していこうとすればやはり打つ速度が遅くなります。又、この精密に打つ事ができなければ相手の攻撃に対し素早く対処できないのが実感です。精密とは意念、勁ともギリギリまで感度を高めれば当然速くは打てない訳です。こうして感度を高める事によって素早く動く基礎が作られているように思います。その基礎が出来た段階で速く打つ事も必要です。これは陳発科老師の教えにもあるように套路は速くも打てなければなりません。但し、あくまでも精密に打ててから速く動く事が肝要です。精密に打てずに速く打てば套路が雑になります。意念も雑になり、勁も出てきません。例えば掩手肱捶は陳式太極拳の典型的な打撃の招式ですが、殆どの人がここで発勁を行い、速く突きます。この場合打つ手が纏糸勁が出ているかどうかは非常に重要なポイントです。空手をやっていた人の多くは正拳突きの要領で手を捻じって螺旋回転させてはいますが、纏糸勁が出ていない人を多く見受けられます。纏糸勁が出ているかどうかはゆっくり打った時にもう一人の人に両手で拳を強く包んでもらい、その状態でも手が回転するようであれば纏糸勁が出ていると言えますが、多くの場合回転できずに止まってしまいます。速く打てば纏糸勁が出ているかどうかは誤魔化せますが、ゆっくりだと誤魔化せなくなりますし、他の人は見ているだけで分かるようになります。このように纏糸勁が出てから速く打つと太極拳の突きになっていきます。又別の言い方をすれば、打つ際に丹田から直結した感じが出てくれば速く打っても良いでしょう。このように一つの招式を完成させるのに精密に作っていく為、動きが当初はゆっくりとならざるを得なくなるというのが正直な感想です。

2018年4月1日日曜日

目指すべき太極拳

太極拳を専門にして一日8-10時間練習し、太極拳を極められている方は日本にもおられます。又人間的にも尊敬できる方も多くいらっしゃいます。それらの方々は我々が目指すべき頂の道標として大変な貴重な存在だと考えています。ただ、小生はそれほどの実力、功夫もありませんので、それとは別に、一般の仕事を持った忙しい社会人が何処まで行けるかの一つの道標を作りたいと考えています。少ない練習時間を効率よく使い、功夫を高め、太極に近づけるのは何処までかを実践し、示していきたいと考えています。というのも一般の人達に太極拳を普及するとなれば、何時間も時間が取れないのが現実です。仕事も忙しい、家庭も忙しい、こういった人が殆ど大半であると考えています。然し普及となればこういった一般の方々ができるようにならなければいけないとも考えています。これらの人が太極拳を専門に行っている人とは比ぶべくもありませんが、ある程度の功夫と伝統太極拳の醍醐味が味わえるレベルになるような道筋を作る事も大切であると思っています。普及とは「底辺は広く頂は高く」が原則で両者は相互に依存しあう関係にあると思っています。斯かる底辺の拡大が将来的には頂きの高さに結びついてくるのであろうと期待もしている訳です。それには自分がまずは実践し、生徒がそれを証明する事が必要であると考えています。従い、現在小生の教室では私が中国で受けた教育に工夫を凝らし、一般の方を教えています。この試みがうまくいけば太極拳も日本に根付き第二の陳発科、馮志強といえる名人が多く輩出されると期待しています。

2018年2月1日木曜日

馮志強老師の雑談

雑談1
ある時馮老師と雑談していた時、以下の話をお聞きしました。
それは馮老師が深圳の太極拳の表演に出るため深圳に出張しておられた時の話でした。
表演は翌日なので深圳の公園で太極拳を練習されていたら、あるおばさんが近寄って来られました。
おばさん曰く
「あなたの太極拳はなかなかのものだが、まだまだです。私はもっと凄い人を知っている。」
馮老師
「ほう、それは誰でしょうか?」
おばさん
「その人は北京にいる。」
馮老師
「その方はなんというお名前でしょうか?」
おばさん
「馮志強です。」
馮老師は吹き出しそうになったのを堪えて、
「そうですか。」
とだけ言われたそうです。

雑談2
ある時内功の話を馮老師と話していた時、「会陰」の話が話題になりました。その時に以下の話をして頂きました。
それはある外人の女性グループと内功の説明をしてツボである「会陰」から気を取り入れるという話をした時、一人の女性が「会陰」はどこにあるのですか? と突然聞かれたそうです。馮老師は女性のアソコとも言えず困ったと言っておられました。達人でも突然の攻撃に受けられない事もあるのかと思った次第です。

2018年1月2日火曜日

太極拳の不思議

武術以外の目的で太極拳をやるのは健康が主な目的でもあったりするが、 通常武術を嗜んでいる人が太極拳をやろうというのは強くなる為であると思う。 私の教室にも多くの武術愛好家が強くなる為に太極拳を習いに来ています。私も強くなる為に太極拳を始めました。ただ、太極拳をやっていくと多くの人が勝つか、負けるかはどうでも良くなってくるのも事実です。私も以前程、組手や勝負に対する拘りがなくなってきました。これはどういう事かと言えば太極拳の本質に根差した問題と考えています。太極拳は無極、太極、陰陽、無極と移りゆく一つの世界観で、陰陽のバランス、調和を基本としています。これが身についてくると調和が身についてきます。一方的に倒すとかではなく、調和の中で身を守れれば良いかっという考えになってきます。ガツガツ勝つ事もないかとなってくるのです。又、この無極が曲者で無極を体現する為には無になるわけですが、全ての念を落としてしまうので、そこには相手に勝とうとかの意識も無くなってしまうのです。無極になって初めて相手が自分、自分が相手という感覚になってきて、相手の事が自分の事のように把握せられるのです。そうなった場合、相手、自分というのは自分の我見である事が分かってきます。海の波をそれぞれ独立したものと認識しているのと同じ事です。全ては一体のものなのです。ここが実感として分かってくると、そこには相手を倒そうとかの気持ちも無くなってくるのです。然し、逆に相手の動きは良く見えるようにもなるのですが。
このように太極拳を追及する過程で、太極の思想が自分の中に入り込んで、自分の血肉となってきたら人を倒す事はどうでも良くなってくるのです。そして太極を追及するようになってくるのです。馮老師は「太極拳はいささか了解しているが、太極は終わりの無い道である。太極拳を修行している人は全て同道の士である。」と言われていました。最近はその意味が身に染みてきているこの頃です。ひょっとして太極拳を創った人はそれが目的だったのでは無いかと勘ぐっています。要は血の気の多い武術家に太極拳を道具として与え、その道具を利用して太極の道に引きずり込もうとしているのではないかと。私だけでなく、うちの教室に来ている武術の高段者は自然とこの拳を修めているとそうなっていってるのですから、この推測もあながち間違っていないのではと思います。即ち、太極が目的、太極拳は手段の一つという訳です。しかし、それが分かった時はもう後戻りのできない処に来ているのです。自然と太極を追及する自分がいるのに茫然としてしまうばかりです。これが太極拳の不思議だと最近つくづく思います。

2017年12月7日木曜日

芦原先生の思い出

極真会館芦原道場の時に松山に合宿に参加した時の事です。確か夕方になって芦原先生が大山館長の事を突然語り始めました。遠くを見るような目で「大山館長も遠くに行ってしまったからな~」と寂しそうにボロッと言われました。周りにいた我々は反応のしようもなくただ聞いていただけでした。当時は東京本部の批判もされる事が多くなっていましたので意外な感じもしました。本当は大山館長が好きなんだな~と感じた次第です。
その後、中村忠師範(当時既に極真会館を去られていました)の話になりました。
ある合宿で門限を破り他の道場性と飲んでいた処を中村師範に見つかって合宿所まで連れて戻られたのでした。当然、合宿所に戻ったら絞られると思われた芦原先生は中村師範が振り返れば殴ろうと手に石を持っていたそうです。ところが合宿所に着くと中村師範は後ろを振り返らず早く寝るように言われお咎めが無かったのでした。芦原先生は本当に虚しい気持ちで石を捨てたと言われていました。
もう一つの話は中村師範と組手で顔面に突きを入れた処、中村師範の顔がプーと真っ赤に膨れ上がったそうです。その時中村師範の仕返しがあるかと思いきや、師範から「芦原、お前も強くなったな~」と言われただけで拍子抜けしたとの事でした。
斯かるエピソードの後中村師範は立派な人だと言われていたのが印象に残っています。非常に尊敬されていました。極真会館も中村師範が残られておれば分裂はなかったのではと思います。

2017年11月21日火曜日

張禹飛師傅門下の俊英

私が知る限り張老師門下での逸材は以下の3名でしょう。 私も入れたい処ですが、正直な処、功夫が不足していると言わざるを得ません。将来は私を加えて四天王になりたいものです。

1. 薛超 (山东 东营/ http://www.taijiren.cn/details/18474.html)
 陳家溝の推手大会で優勝した事がある。功夫は一番あるかもしれない。未だ30台と若いが謙虚でかつ温厚な人格者。将来を嘱望されている。

2. 王建利 (河北省 张家口/ )
太極拳の各種大会で優勝されている。一時小生を敵視していた仁であったが、今は最も仲の良い拳友。功夫では小生が置いていかれている。昔はかなり好戦的だったが、今は張老師の薫陶を受け良い意味で成熟してきている。彼も推手はかなり強い。

3. Jesse Lown (トロント カナダ/http://www.jesselown.com/about-2/)
昔から張老師に師事している非常に寡黙で真面目な仁。中国人よりも一目置かれている。彼も推手はかなり強い。将来の北米は彼が仕切る事になるでしょう。

2017年10月23日月曜日

気功

最近リウマチを患っている人(N氏)が気功を教えて欲しいという事で現在マンツーマンで看ている。N氏はリウマチを治す為に北京に行き人民解放軍の病院で気功治療を受けたとの事でした。その気功は外気功で、気功を受けた時は調子が良いが暫くすると良くなくなると言われて居られた。然しながら気功を行う事が何となく身体に良いと思われており、又薬に頼っても対処療法と思うので気功を教えて欲しいという事だった。我々が行っているのは内気功なので自分で気を増やす事が出来るメリットはあるので、ダメ元でやってみられますかと話をし、気功を行う事となった。混元内功より幾つかを選び1カ月程やって頂いたら動かない指が動き始めたと言われて大変驚いておられた。その後気功を増やし、太極拳の套路をある点に注意して打って貰うようにしている。指は更に動くようになったと喜んでおられる。誰でもそうなるかは分かりませんが、そういう例もあるという事で御紹介させて頂きました。

2017年9月11日月曜日

馮志強老師の陳式太極拳と芦原英幸先生の芦原空手

ここに来て両者を学んだ者として両者の共通点と相違点を纏めてみたいと思います。
まず私が芦原空手を学んだ時期ですが、極真会館の芦原道場の時に学び始めました。この時の道場には人が溢れ、組手の時は異様な雰囲気が醸し出されていました。それは当時の白帯でも他流の空手や少林寺拳法出身者で有段者が多く、お互いがあいつには負けないという感じでした。従い白帯同士の組手が一番危ない状況にあり、怪我人が続出していました。又他流はからの挑戦者等もいたりして何か映画でも見ているかのような状況でした。
組手は見学者を締め出して行われており、顔面のパンチあり、髪の毛を掴むのもありでしたので、顔面のガードを一番最初に痛みと共に覚えるという状況でした。その後流石に白帯同士の組手は無くなり上級者がサバキで制するという形になっていきました。従い、今でいうまずサバキが在りきでは無く、突き、蹴りの中でサバキを使い制していくというものでした。このサバキですが、考え方の基本は相手と正面からぶつからないというもので、相手の攻撃と同時に左右のポジショニングを取りながら攻撃を無力化するものです。この点は太極拳の化勁に通じるものがあります。又受けが同時に次ぎの攻撃のポジショニングに繋がっており、自分は攻撃できるが、相手から攻撃ができないポジションを取りにいきます。又芦原先生の突き、蹴りは非常に重く、簡単に手加減して技を繰り出して頂いている場合でも尋常でない重さがありました。これは太気拳での内功の影響があったのではと推測されます。この点は勁がある太極拳に似ているものと思っています。最後に芦原先生は後述の通り、技を次々に開発され伝統の技や型に固執されませんでした。常に進化していく空手でした。一方馮志強老師も套路をどんどん改善していかれました。これは陳発科老師よりのDNAで「不要保守」(保守的になるな)と言われて改善される事に常に積極的でした。この点は類似点として上げられるでしょう。
次に相違点ですが、芦原空手では上述のように相手の攻撃に合わせ有利な位置を取って攻撃したりしますが、太極拳では攻撃を躱しつつ攻撃を行ったり同時での攻撃が結構あるという事です。又接近したインファイトでの攻防に於いては芦原空手では肘、膝の攻撃となってきますが、太極拳では靠(カオ)という体当たり(正確には体当たりでは無いのですが)を用いる点です。これは体が当たる時に発勁を行っているのですが、かなりの威力で相手が吹っ飛びます。一方芦原空手というより芦原先生の空手の特徴というか印象に残っているものはそのスピードになります。一般には伝統空手はかなりのスピードとキレを持っており、フルコンよりスピードがある人が多いですが、芦原先生に限っては右にでる人がいないと思えるスピードでした。例えば、冗談半分でご自身が何発正拳突きを打ったか当ててみろと言われた場合に殆どの場合正確に何発打ったか見えない程でした。もう一つは技に対する考え方に違いがあるように思えます。芦原先生は技は開発するものというお考えでした。実際に色々な技を開発されました。従い、開発された技の説明を行う時は人を限って行われていました。所謂企業秘密という感じです。一方馮志強老師は太極拳の一つの招式(技のようなもの)の使い方にかなり柔軟性をお持ちでこういう使い方もできる、こういう使い方もできると幾通りもの使い方を示され、固定的に考えておられないような節がありました。非常に臨機応変という感じでした。散手(組手)は千変万化といつも言われており、その中で臨機応変に対応していく事が根本にあり、技自身の変化も認めて居られました。以上が私が経験した太極拳と空手の類似点と相違点です。私自身の理解が浅い処もあると思うので一概には言えませんが、一つの意見としてみて頂ければと思います。

2017年8月2日水曜日

意念 中国武術の精華

意念も私が太極拳を通じ初めて出会った新しい概念でもあり、又素晴らしい技術でもあります。太極拳は意を鍛える武術ですが、意を鍛えるとどのような事が起こると思われますか? 一つは意で相手を動かせるようになるのです。但し、これには幾つかの条件があります。
1.まず相手が意を出して来た時に限ります。然し、武術をやってきた方なら殆どの
  場合が攻めて来る時に強い意が出ます。又喧嘩好きな人も強い意が出てきます。
2.こちらの意がある程度強い事が必要です。
3.こちらから相手を攻めずに、相手に従う気持ちを持つ。
この3は何処かで聞いた事があると思いませんか? そうです。太極拳の要諦が描かれた「太極拳経」の「捨自従人」(自分を捨てて相手に従う)です。自分を捨てて、相手に従うとは動作の事だけを言っているのでは無く、意念に就いても言及していると考えられます。全ての思いを捨て、相手に従う気持ちを持てば、相手の意念が出てくる処が良く見えてくるという事です。
話を戻して意を鍛えるともう一つには意の反応が速くなってきます。人と対した時に意の反応が速い事はこちらの動きに余裕が出てくる事になります。尊敬する北京陳式の陳発科老師は相手が速い動きの時は自分も更に速く動かれたそうですが、これは意を鍛えているからだと思われます。
三つ目に相手の意が動く瞬間が分かるようになる事です。意の感受性が増すからです。空手をやっている時より、非常に相手の動きが見えやすくなり対処しやすくなってきます。意の動く瞬間が太極です。静動の機、陰陽の母が太極拳経では太極と呼ばれています。意が動いてしまえば動となり、陰陽が分かれた状態になりますが、動いていないけれども。その機を含んだ状態が太極という事になります。実際元々他の武道の高段者が長らく組手を行っていないにも係わらず私の下で太極拳をやっていて組手を再開したら、強くなっていたという事が起こっています。これは太極が捉え易くなった結果と言えるでしょう。
以上が意を鍛えたら出来るようになる事の例です。従い、太極拳は素晴らしいと言いたい処ですが、実はこれは太極拳だけにある事では無いと思えるのです。意念を重視するのは私が知っている限り多くの中国武術の内家拳(太極拳、形意拳、八卦掌等)に当てはまるという事です。もっと正確に言えば内功を練る内功武術に当てはまると思います。例えば少林拳等は一般には外家拳に分類されますが、私が知っている方の少林拳は内功がある少林拳で、ここでも意念が言われています。私が知っている意念の効果は上述した通りですが、他の拳では意念を練る事による別の効果もあるかもしれません。従い、この意念は多くの中国武術に存在する中国武術の精華と言えるかもしれません。

2017年7月13日木曜日

北京で知り合った女性拳士の思い出

北京に滞在していた頃週末は大抵、張老師の元で練習をするか、馮老師に教えて頂くかのいずれかで土日は過ごしていました。張老師で練習しているある時期に頻繁に練習に来る中年の女性拳士がいました。馮志強老師の高弟を渡り歩いているような様子で、陳項老師、唐跃新老師等の名前が出てきており、その頃は張老師の練習に勝手に参加するような有様でした。言葉も態度も上から目線であまり良い印象は持っていませんでした。その頃は武器、特に剣を学びに来ており張老師も仕方なく教えている様子でしたが教えても教えても忘れるので、傍から見ている限りでは覚える気があるのかと思うような感じでした。ところが張老師も嫌気がさしたのか、彼女の剣を私が教えるようにと、こちらに振られてきました。今までは他人事でしたが、他人事では無くなり大変時間をかけて剣を教えた経験があります。剣を教えている合間に推手をしようとその彼女から言ってきて推手をしましたが、この推手で手を合わせた時に彼女が只者では無いと悟りました。功夫があり、柔かい推手でした。套路も重い套路を打っていました。先程も述べたように上から目線でしたが、小生の剣はなぜか評価しており、あなたの剣は良いと言って貰いました。従い、剣を教わる時は割と素直に習っているといった具合です。それにしても中国は恐るべしと思ったのは、こんなおばちゃんでもかなりの功夫を持った人が何気に存在するといった事でした。日本ではこれ程の功夫を持ったおばちゃんが存在するのかを考えると、その層の厚さに驚くばかりでした。

2017年7月1日土曜日

站桩(zhan zhuang)Ⅱ

站桩とは站椿功の事です。別名立禅とも言われ、立つ事により内功の力を養う功法です。この站椿功を続けると押されても動かない力が養われ、拳を打つと強い威力のある拳が打ち出されます。要は太極拳で言う処の功夫が上がるので、非常に重要な功法と言われています。従い、これを如何に効果的に行うかが非常に重要になってきます。站椿功は通常お臍と反対の命門を外側に出し、意念を丹田に集中させて行います。この時他の事を考えていては効果は上がりません。全ての雑念を捨て去って丹田に意識を集中させますが、往々にして時間が長くなると雑念が入って来て站椿功の効果を半減させるどころか殆ど無い状態となってしまいます。中国では太極拳を行うには悟性が大事だと言われるのはこの事を指しています。これを打破する方法として小生は站椿している人の丹田から気を小生の意念で引っ張り出す事をやっています。太極会の人は既に皆さん経験されていますが、意念が丹田に集中されていない場合、気が引っ張り出される事により、その人は前に引きずり出される事になります。具体的には前に歩き出す事になるか、歩かないまでもお腹が引っ張られる感覚となります。最近、ある太極拳の団体との交流会でもこれを御見せしましたが、これを行うと皆さんの站椿は格段に良くなってきます。小生に気を引き出されないようにビシッと集中されるので站椿の効果が短い時間で上がる事になります。その結果功夫が上がり、人に押されても動かなくなります。これはどのようなメリットがあるかと言えば突き、蹴り等が地の力を使う事が出来るため威力が大きく増す事となります。

2017年6月1日木曜日

散手(組手)に関して

ある時馮老師と2人だけになった時に私に突然言われました。太極拳で強くなろうと思えば散手をしなければならない。散手は千変万化である。それに対応していけないようでは駄目だと言うような事を言われました。私は太極拳で強くなろうと思っていましたが、そのような事は一度も馮老師は仰った事がありませんでした。しかしまるで私の心の内を見透かしたように突然そう言われました。おそらく馮老師もそのようにして強くなったのでしょう。又馮老師も同じような事を陳発科老師から言われたのかもしれません。
又私の直接の老師である張老師からも散手をやらなければ強くなれないという事を言われました。張老師は強くなる為に馮老師と同じ長屋に住み馮老師が仕事から帰るのを待って太極拳を習われた方でした。散手はしょっちゅうされていたとの事でした。従い、強くなる為には散手は必須です。但し、推手と散手でも述べたように散手を始める時期も大事です。特に散手を別の武道でやって来られた方はそのくせを取り、太極拳の散手をする必要があります。最初から散手をやったのでは前の武道の散手となり、なかなか太極拳の散手とはなりません。このタイミングは直接老師に御指導を仰ぐ必要があるでしょう。
最近(今年の4月末)ある太極拳の宗師が散手でボクシングか何かの選手に負けて話題になりました。又負けた後もインタビューで自分が太極拳の内功を使えば相手は死んでいたというような事を言っていたと思います。しかし、ビデオで見る限り散手に慣れた様子は見られませんでした。どんな威力があっても当たらなければ意味がありません。最初から後ろに下がるようではまず散手に勝ち目はなさそうだと思いましたが、結果は御存じの通りです。
最初に太極拳が世に広まったのは楊式太極拳の楊露禅が北京に出てきた時でした。太極拳が本当に強いのか世の人は疑問の目でみていましたが、楊無敵と言われ太極拳の強さを証明しました。その後楊式太極拳も楊露禅のような達人が出なくなり、太極拳の威力が疑われ始めた頃、陳発科老師が北京に来られその無敵と武徳を称賛されたのでした。陳発科は「太極一人」と称され、陳式太極拳でも陳長興と並ぶ出色の人物とされました。然し北京陳式もそろそろ発科老師を初代とすると3代目から4代目に入りました。これからがいよいよその強さが試される時期となるのでしょう。

2017年4月26日水曜日

勁について

内功の武術に於いて勁は重要な要素です。この勁は触れて理解し、自分の中に出来て理解しうるものです。私が過去やってきた空手に関して言えば勁は存在しませんでした。その空手の威力はスピードとタイミングによって得られているものでした。太極拳を始めて何が一番違ったかというとこの勁が一番違っているところでした。勁はスピードによって出すものでは無く、内気によって生み出されるものです。従い、勁は気による力という事ができます。これはスピードが無くても生み出せるので、太極拳のようなゆっくりの動きでも産む事ができるのです。ただ、その太極拳に勁があるか、無いかは勿論触れれば分かりますが、勁がある人から見れば一目瞭然です。これは非常に便利なものでスピードによって生み出された力では無いので間合いに関係なく力を発揮する事ができます。従い、実戦に於いても非常に有用なものとなるのです。所謂ワンインチパンチと言われている寸勁も太極拳を身に着けた人であれば誰でも簡単に出す事ができます。
ではこの勁が太極拳の専売特許かと言えば、そうではありません。内功武術は全てこの勁を持っています。内功武術と言えば、太極拳、八卦掌、形意拳(含む心意拳)等です。空手に勁が無いかと言えば、私は有ると考えています。いやあったと考えています。実は空手の有名な型である三戦が勁を練る型と思われます。太極拳の練り方で三戦を行えば実にしっくりといくのです。ですから沖縄で、伝統を伝える空手では太極拳の練り方で三戦を練っていたのではと思われるのです。空手で三戦をどうして重視してきたかもそれが内功を練る型であるのであれば理解ができるのです。
太極拳をやっていて感じるのは勁の無い先生から教えて貰った太極拳はいくら形が綺麗でも勁が出ていない人が殆どであると思えるのです。一方勁が出ている先生から教わっている人はやはり勁が出ている人が多いと思えるのです。空手も同様ではないかと思えるのです。空手も勁が元々あって勁がある人が教えていたので、勁が出ていたのではないかと。なぜそう思えるかというと空手の突きは左右の肩を出さずに突きをいれますが、この伝統的な突きでは威力があまり出ず、人を倒す事はかなり難しいと思います。従い、私がやっていたフルコンタクトの空手では肩を出して突き抜くやり方をしていました。しかし、もし空手に勁があれば従来の突き方で十分威力が出るのです。従い、空手の型も勁が出る事が前提になっていると考えられます。これは私の推論ですが、空手をやって来られて伝統太極拳に変わられた人は同様の感想を持つ人が少なからずいます。

2017年4月12日水曜日

四天王 陳項

陳項老師は功夫にかけては馮志強老師に次ぐ者と言われていました。週末に地壇公園で一般学生向けの練習として内功、套路と行われ、それが終わるのが8時半位ですが、それから12時迄皆で推手を行っていました。この時は拝師弟子が集まり、皆に稽古をつけるという具合でした。その中で陳項老師の功夫は抜きんでていました。私も何度か陳項老師と手合わせをしましたが、陳項老師の推手は後ろに飛ばされるのでは無く、上に飛ばされたものでした。陳項老師と私の直接の師である張禹飛老師は馮老師が作成した内部教材で馮老師の相手役として出ています。恐らく馮志強老師が両腕としてその二人を教材に使ったのだと思われます。ところが、ある時陳項老師と馮老師が推手を行いました。あっという間に陳項老師が崩されてしまったのには驚きでした。

2017年4月1日土曜日

四天王 呂宝春

馮志強門下の四天王と言えば武器の張禹飛、徒手の呂宝春、技術の唐跃新、功夫の陳項というのが、私の独断と偏見で選んだ4人です。唐老師は亡くなってしまわれましたが、私が滞在していた90年代後半の頃は特に呂老師が有名でした。月壇公園で特に推手を教えておられ、並ぶものがいないと言われていました。その頃は後に功夫で名を馳せる陳項老師もまだ駆け出しの頃でした。呂老師は王培山の元で元々八極拳を習ったおられ、王老師が後継に嘱望していた人物と聞いています。その後馮老師に挑戦し、敗れて後は馮志強老師に拝師されました。それでも王老師は呂老師に後を継ぐように強く要望され、呂老師もかなり迷ったあげく馮老師に決められたとの事です。当時、馮老師と王老師が仲が悪いというのは北京の武林では有名な話でした。従い、呂老師も大変困ったと思われます。呂老師はその後欧州に指導に行かれ、現在は北京には居られません。2000年代初めのある時、張師父、呂老師、唐老師が集まって真剣に話合いを持ったという事です。それは正宗の陳式太極拳は陳発科老師により、北京にもたらされ、馮志強老師によって正しく受け継がれた。ただ、馮老師は息子が居られず、今後どのように三人が協力して発展させていけば良いかという事がその討議の内容であったという事です。呂老師が欧州に行かれていなくなり、唐老師がお亡くなり、現在は張師父と陳項老師が北京で陳式太極拳の継承、普及されているという事になりました。

2017年3月27日月曜日

太極尺

太極尺気功は太極棒気功と並び、陳式太極拳では古くから伝えられている功法です。太極棒気功は初心者の段階で練る事は弊害がありますが、太極尺気功は初心者が練っても弊害はありません。というのも尺気功は基本的に築基の気功だからです。この練り方として、幾つかある個々の招式を全て通す事はせず、最初は一つを多く練る、例えば100回くらい毎回練り、それを一週間位続けるようにします。それぞれの感触がある程度掴めてきたら次の功法に移りそれを全て終えたら通しで練るようにします。

2017年3月22日水曜日

遠藤靖彦先生の陳式太極拳

遠藤先生は知る人ぞ知る日本に於ける陳式太極拳の草分け的な存在の人です。日本でも中国でも太極拳の大会で優勝された御経験をお持ちの方です。陳小旺先生に習った後、馮志強老師に就いた方で馮老師の混元太極拳は習って居られないが北京陳式を習われた方です。昨年末初めて遠藤先生の陳式太極拳を拝見する機会に恵まれました。先生の太極拳は表面は混元では無いのですが、体の中が混元の動きになっているもので、私から見れば正に陳式心意混元太極拳でした。その功夫も凄いもので久々に感動しました。
太極拳は面白いもので、外見の動きが一緒でも中身が全然違う事もあれば、外見が違っていても中身が同じ事もあります。例えば混元太極拳を行っている人で中の混元の動きが外の纏糸の動きに現れていない人も多々見受けられます。本人は混元太極拳をやっている積りでしょうが実際は全くそうなってないケースは非常に多いものです。翻って遠藤先生の太極拳は馮志強老師が再現されていると思う程、馮老師に近い動きでした。この点は驚きでした。

2017年3月10日金曜日

太極棒

北京陳式に於いて太極棒は何を練る為にあるのかと言えば、主に纏糸勁を練る為にあります。実際ある一定程度の内気が出てきて太極棒気功を練ると内気が纏糸の運動をしながら動いている事を感じる事ができます。これは纏糸内功と同じでただ捻じっているだけでは出てきません。表面は螺旋運動となっていますが、丹田から出てきた気が棒の螺旋の動きに合わせて螺旋に動き、その勁が出てくる事になります。この練功の中で大事なのは放松と意念です。この練功法は初学者が行うと太極拳が嫌う僵力(ジャンリ)というこわばった力が出易いのである程度の内気が出てきて、放松が出来て来るようになって初めて行います。馮志強老師は日本では練功者の程度に拘わらず、教えていましたが、実際中国で教える際には一定のレベルで無いと教えて居られませんでした。

2017年3月2日木曜日

太極混元内功

陳式太極拳に伝わる太極混元内功について、巷間に伝わる誤解を解く意味で少し解説を加えたいと思います。私の太極拳の師匠である馮志強老師にある時、太極拳に関し種々お伺いしたい事がありますと申し上げると老師は半日を取って頂いて、御自宅で色々お伺いする事になりました。1対1で半日取って頂いたのは2-3回ありますが、その時にこの混元内功の話になりました。この気功は陳式太極拳から来たものか、心意拳から来たものかと質問しました。答えは両方の築基の気功を集めたものとの事でした。但し、いずれの拳でも外傳しない内傳すべき功法との位置づけは同じでした。これはどこかで述べた事と思いますが、陳照奎老師にはある出張から帰ったら伝える積りだったが、その出張で亡くなってしまったと言われていました。その後馮老師は拝師の弟子以外にも教え、外傳はするなとの教えを破ってしまわれる訳ですが、これはご自身が体を壊した時にこの混元内功で回復した為、武術を目指す人というより一般の人を対象に広めた感があります。
扨、この内功を練っていて多くの方から言われるのは3年くらい経った時に風邪をひかなくなったとか、風邪をひいても酷い風邪にはならず、すぐ治ってしまう事です。熱が出るような風邪が無くなったという話も良く聞きます。通常風邪をひいたら免疫細胞の活性化させる為に熱が上がるので、熱が出る事は全く正常な症状で悪くは無いのです。しかし熱が出ないという事は免疫細胞を大量に活性化する必要が無いくらい軽微な風邪で終わっているとも思えます。ある時混元内功を練っていて起きた変化を生徒に話して貰ったら色んな変化が起きている事が分かりました。ただ、風邪が引きにくくなるのは共通しているようでした。私の場合は手が常時熱くなっていますし、丹田も熱くなっています。丹田の場合人が私の丹田のあたりを触っても分かるレベルです。物理的にはこの2点でしょうか。私も殆ど風邪をひかなくなりました。これは本当に期待を超える太極拳からの収穫と言えそうです。そんな事は信じないという人は言われるのは勝手ですが、一度一定期間ご自分で練ってみられる事をお勧めします。