北京陳式の老師方の共通点としては現役時代は太極拳を職業にする事が無く、皆さん自分の職業をお持ちで、引退後に太極拳を本格的に教える方が殆どです。従い、太極拳を商業ベースに乗せる必要も無く、昔ながらの教え方で付いてくる人のみを教えるといった具合でした。当然の帰結として対外的な宣伝は無く、あまり一般の人々に知られる事はありませんでした。
小生が考える北京陳式の方向性は気の流れを重視するという事ではないかと考えています。例えば斗勁(とうけい)ですが、北京陳式にはあまり斗勁を用いる人はいません。小生は陳発科老師が斗勁を陳式太極拳と思う人がいるが、それは陳式太極拳では無いと否定されたという話を馮志強老師より伺いましたが、要は気の流れという意味では流れをスムーズにする方向とは逆なので否定されたのではと推測しています。又金剛捣碓も気の流れを考えて2度変更したと聞いています。套路は要は身体の開発を目的としているので、単に招式(ワザ)を組み合わせたというより、その繋ぎの動作も含め気の流れを重視し身体を開発していくように組み立てられ、最終的には混元太極拳の原型に辿り着いたと考えるのが小生の結論です。
これらの結果として北京陳式は陳発科老師の出身地で地域で伝承される太極拳と趣を異にしてきたのではないかと思います。どちらが良いとか悪いとかの話では無く、風格が違ってきているという事だと思います。禅でも達磨大使から伝承されてきましたが、臨済禅と曹洞禅で風格が異なるのと同じです。
これらの結果として北京陳式は陳発科老師の出身地で地域で伝承される太極拳と趣を異にしてきたのではないかと思います。どちらが良いとか悪いとかの話では無く、風格が違ってきているという事だと思います。禅でも達磨大使から伝承されてきましたが、臨済禅と曹洞禅で風格が異なるのと同じです。